#10

「エクレス!」


 声がする。かなり、遠くからだろうか。


「おい、エクレス、すげえじゃん、お前、そんな力が」


 いや、近くだったらしい。なにか言いながら、アストルが駆けてくる。それを、エクレスは無意識に裏拳で殴り飛ばした。悲鳴を上げて、彼は倒れた。


 意識が冷えていく。やめろと理性が叫んでいるが、どんどん冷えていく。


「エクレス、なにすんだあ」


「……に、げ……」


 最後まで言う前に、なにかが切れた。倒れているアストルに、手が勝手に振りかぶる。


 肉体の自由はとうに失せていた。意識は、覚醒したときよりもはっきりしている。なにもできないまま、自分の目を通して、エクレスはその光景を見させられているだけだ。


 やめろ、と命じても、手は止まらない。


 しかしそれは、なにかに受け止められた。


 受け止めたのは、ローファスの手だった。


「だから、早すぎると言ったんだ……!」


 彼はそう言い、手に持った剣の柄頭で、エクレスを打った。目にも留まらぬ速さで、何回の打撃があったのかも分からなかった。が、身体のせいか、痛くもない。


「エクレス! 私の声が聞こえるか!」


 聞こえる。聞こえていても、反応できない。身体は跳躍して距離をとり、ローファスに対して戦闘態勢をとる。


「意識があるんだな? 身体の自由が利かなくとも、それを決して手放すな! 手荒な真似をするが、意識がある間は、自分であり続けろ!」


 彼は剣を構えた。蛇行するようにも見える変則的な動きで、距離を詰めてくる。


 肉体は、やはり勝手に動き、ローファスを狙った。その一撃は空を切り、彼の姿を見失う。探そうとした瞬間、頭部に振動を感じた。


 身体から力が抜ける。がくりと、膝から崩れ落ちる。そのまま、俯せに倒れた。


 薄れていく意識の中で、みんなが名前を呼んでいる。


 それがどんどん、遠くなっていくに任せて、エクレスは意識を失った。

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