#3
コース長は、六人で乗ることのできる立派な箱馬車を、街の外に待機させておいてくれていた。
屋根つき、窓つきの立派な乗物で、エクレスが王都に向かう際に手配されたものより、乗り心地もいい。目的地であるベイレスは、王都から東に十数キロメートルほどのところにある街で、今日中に到達できるとのことだった。到着したあとは街の宿で一泊し、翌日に遺跡へ向かうというプランに決定された。
ごと、ごと、と揺られながら、街道を行く。アストルは窓にかじりつき、外の風景を楽しんでいる。
「ずっと学校にいたもんなぁ。外って、こんなに緑でいっぱいだったんだなぁ」
その言葉につられて、エクレスも外を見た。
季節は春だ。のどかな街道は、一面緑に囲まれている。窓からは、風に葉を揺らす木々、ささやかに咲く花の周りを飛ぶ蝶などが見える。
学校へ向かうときに乗っていた馬車の中では、これらに目を留めもしなかった。新しく始まる生活に興奮し、緊張し、ずっと入学の手引きに目を通していた。そして酔った。
あれから、一週間以上は経ったのだと、ぼんやり思う。以前の自分は、ほんの十日弱で遺跡を見学するための馬車に乗っているなど、予想だにしていなかった。
馬車の中は基本的にのんびりしていたが、どこか、緊張感もある。
それは、教官が原因だろう。特にローファスは、ずっと心配顔だ。
「大丈夫っすよ、教官。安全な場所なんでしょ?」
「そうなんだが……」
はあ、と何度目か分からないため息をついて、ローファスは言う。
「しつこいと思われようが、また言うよ。調査の終わった遺跡だからといって、油断はできない。ベイレスの遺跡は、それほどの深度もないが、一度掃討された遺跡に闇の眷族が湧いて出ることは、たまに報告される」
「湧いて出る……っていうのは?」
「説明が難しいな。闇の眷族そのものの生態については分からないことだらけだという話は、授業でした通りだが。闇の眷族というのは、文字通り湧いて出ることがあるんだ。主に、遺跡の最深部での話になるが……」
ローファスは、一抱えほどの大きさの球形を、両手で示した。
「たまに、これくらいの大きさの黒い渦のようなもの……黒い霧の凝り固まったもの、と喩えてもいいかな。そういうものが現れることがある。そして、その渦の中から、闇の眷族が現れ出ることがあるんだよ。門をくぐるようにね。どういう理屈かは調べようがないため、分からない。なにか、魔法を使っているのかもしれないし、その渦というのが、本当に彼らのすみかと遺跡を繋ぐ門なのかもしれない」
「そ、その遺跡って、そういうことが起きたことは?」
「ない。少なくとも、私が教官についた、この七、八年には起きていないな。だがその分、悪いものが溜まっていて、そろそろなのではないか、という予感もある。ただでさえ、十年前から、闇の眷族の活動が活発になっているからな」
「だ、大丈夫なんですよね、俺たち。教官もいるんだし」
「大丈夫だ、と言いたいところだが。あのジジイ……コース長は、とんでもないことを私たちに言い渡しやがってね」
「私たちに遺跡の中までの同伴は禁ずる、というお達しだ」
「なるほど……」
グレイシスに頷いてから、アストルは仰け反った。
「おっ、俺たちだけで行くんですか!?」
「そういうことだ」
はあ、とローファスはまた嘆息して、胃のあたりを揉んでいる。グレイシスは、腕組みして、適当な場所に視線を固定している。
馬車は、乗っている人間たちがどれだけ不安を抱えていようと、そのペースを変えたりはしない。エクレスたちは日が沈む前に、ベイレスに到着した。
宿の部屋は、ロシェとアストル、グレイシスとルシア、ローファスとエクレスという割り振りで、早々に夕食を取り、早めに休むことになった。詳しい話は、遺跡に入る前にする、ということだった。
相変わらず、エクレスは眠れなかったが、ベッドに潜り、眠るふりだけはしていた。ローファスも、眠れていないようだった。恐らくお互いに寝たふりに気づいていたが、特に会話はしないまま、壁越しに伝わってくるアストルのいびきを聞きつつ、朝を待った。
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