#13
走り始めると、ローファスが話しかけてきた。
「自分だけ魔法の授業に取り組めないのは、つまらないかな」
彼は隣に並び、リズムまでエクレスに合わせて走っていた。ざっ、ざっ、と、土を蹴る音はひとつしかしない。
「もどかしさは感じます。自分だけ出遅れてしまって、それが班のみんなの迷惑になる。それが、辛いです」
自分が魔法を使えないことによって、班員の命に関わるような事態が起きてしまったら、どうすればいいのか。考えるだけで恐ろしい。
「何度も言っていることだが、すぐに力を示せないことだってある。慌てないことだ。見ている限り、君はとても安定している。予想外の事態のはずだが、極めて冷静だ。自分がどうすべきで、どう振る舞うかを見失っていない。それは、ある意味魔法の資質よりも、大切なものと言えるかもしれない」
エクレスがローファスのほうを見ると、彼はお決まりの笑顔を返してくる。
「君の中に精霊の加護が眠っていることは間違いない。私もコース長も、それは把握している。午前の君の動きはなかなかよかったし、武芸の才能もある。村で、誰かに教えてもらったりした?」
「育ての父に、少し教わりました」
「そうか。魔法の修得が遅いと武芸に秀でているとか、そういう法則は見たことがないけど。君はそういうタイプなのかもしれないな」
エクレスはちらりと、横目にロシェたちの様子を見た。全員が地面に座り込み、それに向かって、グレイシスがなにか話をしている。そこそこ、遠ざかっていた。
「あの、教官」
「なんだい?」
最初から、ローファスに聞こうと思っていたわけではない。むしろ、聞こうと思っても、心の奥底で歯止めがかかり、訊ねることはしないような問いが、浮かび上がっていた。昨晩に思い浮かび、見て見ぬ振りをしていた問いだ。
その問いは、すっと口をついて出ていった。
「僕は、闇の血が濃いんですよね」
「うん。見たところ、そのようだったね」
一緒にいるのはローファスだけで、班員はいない。それが、原因だったのかもしれない。彼らに、聞かれなくて済むから。
「……そういう人が、なにかの拍子に闇の眷族となってしまうことって、あるんでしょうか」
エクレスの質問は、静寂をもたらした。アストルたちに聞こえはしなかったかと不安になり、目をやる。
アストルがこちらを見ていた。視線が合ったことに気づいてか、手を振ってくる。声が届くわけのない距離だが、なぜだか心は落ち着かない。
手を振り返してから、ローファスを見た。彼は、怪訝そうに口を開く。
「普通の人が、闇の眷族になるのかと君は聞いたのかい?」
「はい」
「そんなことがあり得ると?」
「僕のほうが、質問をしたと思うんですが」
強気に過ぎる言葉だと思ったが、一度聞いてしまった以上は退けない、という思いがあった。ローファスに、気分を害した様子はない。彼はただ、淡々と告げてくる。
「そうだね。ひとまずは、確認されていない、と言えばいいかな」
エクレスは、足を動かしつつ、彼の言葉を待った。
「闇の眷族については、全然研究が進んでいないんだ。巨大な人の形をしたもの、獣の形をしたもの、虫の形をしたものとか。基本的には、神話にあるように、地上の生き物の出来損ないのような形をしている。共通点としては、どれも闇をまとっていて、目が真っ赤だ。という話は、昨日の授業の延長だが」
巨大な人の形をしたもの、と聞いて心臓が高鳴ったが、黙って先を聞く。
「痛がるし、恐がりもする。急所を狙うと、あっさり殺すこともできる。だが、闇の眷族に死体は残らない。死ぬと黒い霧のようなものになって、消えてしまうんだ。だから調べることができない」
「生け捕りはどうなんです?」
「やってみたことはあるよ。分かったのは、なにも分からないということだけだった。やつらは黒い霧を凝縮して形にしたようなもので、臓器やらがあるのかどうか、腹を掻っ捌いてみても、中身は真っ黒でなにも見えない。なにか、アレは私たち地上の生き物とは違う、変なものだとしか言えないな」
そこまで喋って、ローファスは微笑んだ。
「詳しい確証がないのだから、断言はできないが。私は、君が闇の眷族になるとは思えないね。たとえ、他の人より闇の割合が強くとも」
「……そうですか」
「気休めに聞こえるかもしれないけど。万が一、そんなことが起こり得るとして。君はひとりじゃない。私がいるし、グレイスもいる。コース長もいる。班のみんなもいる。だから安心しろなんていうのは無理やりな話かもしれないけど。もう少し、リラックスしてもいいと思うよ。力んでいたら、思った成果は得られにくい」
それは、そうなのかもしれない。
十年前には、周りに誰もいなかった。瀕死の自分を助けに来てくれた、金髪、青目の人がいたが、それ以外は、なにもいなかった。
「分かりました。……できることを、頑張ってみます」
返すことのできる言葉は、それだけしか持っていなかった。ローファスもそれ以上はなにも反応はせず、ふたりで黙々と、走り込みを続けた。
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