#12

 午後からは、校庭に出て精霊の扱いと、魔法の説明の授業だった。


 引き続きグレイシスが指導をしてくれる。エクレスたちは、室内訓練場でそうしていたように、彼女の前に整列している。


「腹は膨れたか? 次はお待ちかねの魔法についての実技だ。……どうした、元気ないな」


「いや、腕がガクガクで、力、入んなくて……」


 アストルが、疲労を隠さずに言う。ロシェはそれを聞いて、嘆息している。


 エクレスも似たようなものだったが、ルシアがそういう態度を見せずに頑張っているので、ほとんど意地で堪えている。正直、午後が魔法の授業でほっとした。


 グレイシスはそれを笑って、話を続ける。


「これからすることに、腕力は必要ない。違うものを必要とするがな」


「違うものですか?」


「そうだ。集中力と体力を使う。火の精霊よ、姿を現せ」


 グレイシスは答えて、精霊を呼び出した。ゆらゆらと、宙に球形の炎のようなものが現れて、浮かんでいる。


 それを示して、グレイシスは説明を始めた。


「神によって、ヒトに言葉と文字が与えられた。それは、ヒトとヒトの意思疎通のためというよりは、神とヒトの意思疎通のために与えられたものだ。そして精霊もまた、神により生み出されたものだ。だから、我々は声や文字を使うことで精霊を使役することができる。それを名付けて魔法というわけだが――」


 グレイシスは、右に左にと、炎の球を動かしてみせる。


「訓練を積んでいくことで、声に出さずとも精霊を使えるようになる。最初のうちはいちいち長い文章でもって使役していたのが、短くなり、やがてはなくすことができる。ただし、大規模な魔法については、どうしても言葉が必要だがな。お前たちにこれからやってもらうことは、こうして精霊の力を具現化させて、維持することだ」


「昨日やったみたいに、呼び出すってやつですか?」


「そうだ。では、まず代表して、アストル、出してみろ。お前を使って説明する」


 言われて、アストルはひとつ意識を集中させた。そして、唱える。


「アストルの名において、火の精霊よ、その姿を現せ!」


 右手を突き出して精霊の力を呼び出す彼の様子は、なかなか、さまになっていた。自室で練習でもしていたのかもしれない。


 ほわん、と、グレイシスよりはかわいらしく、炎の輝きを持った球体が現れる。それと教官のものとを比べて、アストルは言った。


「やっぱり、グレイス教官のと全然違うなぁ」


「スムーズに呼び出せるだけで、今のところ上出来にあたる。同時に、風も呼び出せるか?」


 頷いて、アストルは風の精霊も呼び出した。ふわ、と、緑色の球体が、彼の左手から生み出される。


 グレイシスは一度だけ頷いて、言った。


「なかなかいいぞ。だが、本番はこれからだ」


「どうすればいいんですか?」


「自分の力を、その球体に注ぎ込むイメージを持て。風船を膨らませるように。割らないように気をつけながら、徐々に送るような感覚だ」


 アストルは、目を鋭くした。彼の身体に、力がこもるのが見ていても分かる。やがて、ふたつの球体が少しずつ膨らみ始めた。


 そして、のっぺりとした球体だったものが、グレイシスの呼び出したもののように、赤いほうは炎のゆらめきを、緑のほうは風の揺らぎを見せ始める。


 と。一抱えほどの大きさに球体を膨らませたとき、がくりとアストルは体勢を崩した。エクレスよりも早くロシェが反応し、身体を支える。


「大丈夫か、アストル。ロシェ、座らせてやれ」


 だが、グレイシスは少しも慌てた様子がなかった。彼を示して、エクレスたちに言う。


「このように。精霊の力を使役するというのは、体力を消費する。その力をひとまず呼び出せる程度の駆け出しでは、増幅させようとするだけでへばってしまうわけだ。どうだ、アストル。気分は」


「な、なんつうか……。全力疾走したような……」


「そうだろうな。だが、魔法で消費する体力は、すぐに回復する。その様子なら、数分も座っていれば、元に戻るだろう」


「確かに、もう、楽にはなってきたかもしれないです」


 答えるアストルを見ると、へたり込んだ直後では汗をかき、肩を弾ませていたが、それももう落ち着いている。


「だが、気をつけることだ。やり過ぎると当然、命を落とす」


「や、やっぱり」


「潜在的な恐怖心のおかげで、滅多に死ぬまではいかないがな。遺跡の中で魔法を使う場合は、常に余力を残すこと。あるいは、班員の助けがあることを確認すること。闇の眷族に襲われて、それを凌ぐために力を使ったとする。が、その後へたばったところを新手に襲われてしまっては、ひとたまりもない。魔法は強力だが、代償があることを肝に銘じろ。人が死ぬときというのは、たいてい、些細な油断やつまらないミスが原因だ」


 グレイシスは、彼女の生み出した炎の球を、大きくしたり、小さくしたりしてみせた。だが、アストルのようにはならず、呼吸も顔色も変わらない。


「魔法を使うための体力は、魔法を使えば使うほど強化されていく。手っ取り早く力をつけるには、へとへとになるまで自分を追い込み、回復を待ち、また追い込む。その繰り返しが一番効率的だ。肉体の体力をつける方法と同じだな」


「きょ、教官。ちゃんとした魔法を使うときって、も、もっと疲れるんですか」


「そうでもない。維持を必要とする魔法は、疲労も大きいが。闇の眷族を攻撃するための魔法などは、瞬間的な力の増幅だ。過剰な威力を求めたり、連射でもしない限りは、滅多に力尽きることはない」


 へたりながらも、アストルは熱心だった。


 そして今度こそ、グレイシスはこちらへ首を向けた。


「では、順にへばるまで精霊の力を増幅させる。使いすぎるとどうなるか、という感覚は、身体に叩き込んでおかなくてならないからな。私たちが見ているから、死ぬようなことはない。存分にやってもらう。が……」


 彼女は、エクレスを見てきた。間を置いて、言う。


「お前は、精霊を呼び出せるか? やってみろ」


 出てきてくれる気はしなかったが、手を翳して、エクレスは唱えた。


「エクレスの名において、精霊よ、その姿を示せ」


 しかし、なにも起きない。グレイシスも、それほど期待していなかったようだが。


 彼女は、ローファスを呼んだ。


「お前は、ローファスと一緒に走り込みだ。基礎体力は、つけておいて損はしない。魔法を使うときにもな。精霊が応えてくれるときのために、とりあえず走っておけ」


「はい」


 努めて、声を張る。肩を叩かれた。見上げると、ローファスが笑顔で促してくる。


「それじゃあ、ジョギングに付き合うよ」


 ローファスは、とてもそういう格好ではないのだが、問題にはしていないらしい。ひとまず頷いて、エクレスは一緒にトラックコースへ向かった。

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