#11
午前九時に、一日の最初の授業が始まる。冒険者コース二日目、最初の授業は、室内訓練場での実技訓練だった。
運動着に着替えているグレイシスと、黒のパンツに襟付きのシャツという、昨日とほぼ変わらない格好のローファスの前で、エクレスたちは整列し、話を聞く。
「さて。冒険者には、例外なく魔法の力が必要だが、その次に大事なものが武芸だ。闇の眷族は確かに、地上の獣よりも凶暴で殺傷力に優れているが。どれだけおどろおどろしい見た目をしていようと、急所があり、然るべき方法で活動を停止させることができる」
グレイシスは続けた。
「そして武芸は、闇の眷族以外に、人間相手にも役立つ。盗賊、山賊まがいの輩とことを構えることもあり得るのでな。つまりは、その両方への対策を学び、身につけてもらう必要があるということだ。武器は多く扱い方を覚えるに越したことはない。いつでも自分の得意な獲物を扱えるわけではないし、状況というものもある」
そこで、アストルが質問した。
「教官、普通よりもそういうのが苦手な人はどうしたらいいんでしょうか」
「残念ながら、苦手なものが得意になる薬は発見されていない。普通よりも苦労をしながらなんとか身につける、が唯一の正解だ」
それに、アストルが渋面を作る気配がした。グレイシスは言う。
「不器用なやつに、お針子の真似をしろというのとはわけが違う。お針ができなくとも死にはしないが、こちらは違うからな。苦手だからと怠けたせいで、お前の命どころか、班員の命まで危険に晒すかもしれない。その上でまだ苦手だから後回しにしたい、と言うなら、止めはしないが」
ぶるぶると、アストルがかぶりを振る。それに頷いてから、グレイシスは木剣を全員に配付し始めた。
エクレスはそれを握り、感触を確かめた。ところどころ傷のある、年代物だ。先輩たちの修練の跡だろうか。
まさか、いきなりこれで打ち合ったりするのだろうかと、エクレスは疑問に思った。堅い、しっかりした木剣だ。殴られれば死にはしなくとも、相当痛いだろう。
グレイシスは、木剣を示して、構えた。
「では。私と同じように構えろ。今日は素振りを教える」
「ええ?」
声をあげたのは、またしてもアストルだ。
「こう、組み打ちとかじゃないんですか?」
「ケガをしたいのか。剣の振り方も知らんのだろう。そんな状態で組み打ちなどしても、子供のケンカにしかならんぞ」
流麗な動きで、グレイシスは木剣を振ってみせる。上から下、そんな単純な動作だが、洗練され、無駄がない動きだ。
「しばらくは素振りだ。それに加えて、筋力の鍛練。持久力をつけるための走り込み。これをみっちりとやる。反論は許さん」
「じ、地味ですね」
「華々しい舞台の裏というのは、得てしてそんなものだ。覚悟を決めろ」
アストルは折れて、グレイシスと同じように木剣を構えた。
「考えてみれば、俺、こういうの苦手だし、最初っから懇切丁寧に振り方から勉強できるのって、ありがたいですね」
「だから、そういうヤツのための基礎だと言っているんだ」
呆れたように言ってから、グレイシスはローファスに言った。
「そちらでも、動きの妙なところを指摘してやってくれ」
「分かりました」
彼は頷いて、適当な位置に立ったままだ。立場としてはローファスのほうがグレイシスよりも上らしいが、授業はいつもグレイシスが進行している。
昨日、そのことについてエクレスが質問すると、彼は笑顔で、だから彼女に任せて楽をさせてもらっているんだ、と言っていた。教官としてグレイシスの方が優秀だからね、とも言った。
「では、まず。このように木剣を振りかぶり……」
グレイシスが説明を始める。エクレスも見よう見まねに構えて、剣を振る。
素振りは、みっちり二時間ほど、数分の休憩を挟みながら続けられた。それが終わると、校庭のトラックコースを走り込んでから、昼食の休憩を取った。
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