#9
食堂で、初めて五班として揃って食事をしながら、話題はもっぱら、今日の授業の内容についてだった。
冒険者コースの授業は、座学と実技のふたつに分けられる。
座学の内容は、算術、文法、歴史、一般教養など、教官いわくその辺の学校と変わらないものに加えて、精霊や魔法についての技術、理論など、冒険者コース特有の内容も含まれる。
実技の内容は、基礎体力を養うための鍛練、各種武器の説明、およびその使用のための訓練、魔法の制御訓練など。
これらを数週間か、一月以上は続けて、教官がものになってきたと判断できれば、次のステップへ進むことができる。
次のステップとは、それほど危険度の高くない遺跡の調査だったり、街の住民から寄せられたなんらかの依頼だったり、そういうものに挑戦することができるのだという。つまり、実戦訓練である。
ロシェとアストルは、早いところ実戦に出てみたいようだった。ルシアはあまり焦っている様子はなく、順当に力をつけて、しっかり危険に対処できるようになってから、そういうことをしてみたい、という。
エクレスは、どちらかと言えばルシアに賛同の立場だった。
「なんでだよ? 見てみたくないのか? 遺跡」
「見てみたいとは、思うけどね」
頷いて、硬いパンをちぎる。それを口に運ぶ前に、エクレスは聞いた。
「みんなは、闇の眷族を見たことがある?」
「いいや」
「まさか」
ロシェ、アストルが首を振る。続けたのは、アストルのほうだった。
「だって、闇の眷族ってのは、遺跡の中にしかいないんだぜ。たまに、地上に出てきて夜に悪さをするだなんて聞くけど、光には近寄れないんだろ。だから、街の周りは、たいまつとか、篝火とか、そういうので囲ってあって、見張りの人がいて……俺の街はそうだったぞ。エクレスの村も、そうだったんじゃないのかよ?」
「ああ、そうだったよ」
アストルの言葉を、エクレスは静かに肯定した。やはり、誰もみにくい生き物――闇の眷族をその目で見たことはないらしい。
――みにくい生き物は、悪い子にしていると忍び寄ってきて、夜になったらお前を食べてしまうよ。
子供をおどかすため、親が聞かせる類の話にそういうものがあるが、実際はアストルが今話した理由のために、本当に襲われる危険はない。エクレスの元いた村も、ラルフ夫妻の村も、夜には周囲をたいまつや篝火で囲い、いつも大人が見張りに立っていた。
つまり、今を生きるヒトたちは、闇の眷族に対して、どうすれば身を守れるのかを熟知し、徹底して対策をしている。だから、街や村の中で一生を終える人たちにとって、闇の眷族というのは、現実味のない存在でしかないのだ。そんなものを見ずに、あるいは本当にいると知りさえもせず死んでいく人が、大多数なのだという。
子供の頃のエクレスも、姉や父、母からみにくい生き物の話を聞かされていたのに、少しも信じていなかった。村の周りにあるたいまつや篝火に意味があることも知らなかった。せいぜい、畑を荒らす野生の動物とか、野盗の類に対しての警戒だと思っていた――全てが失われた、あの日までは。
ただ、あの夜も、村の広場には篝火が燃えていた。見てはいないが、きっと村を囲うたいまつも燃えていたはずだ。それなのに、なぜ、村は滅ぼされてしまったのか。
それは、エクレスの知りたい謎のひとつだったが、堂々とそんなことを質問する気にはなれなかった。授業時にそうだったように、今もアストルたちに胸中は伏せて、エクレスは答えた。
「でも、教官は、こうも言っていた。地上では闇の眷族は光に怯むが、自分の家である遺跡の中では、その限りではない、って。しっかりと実力をつけてからじゃないと、やっぱり危ないと思うよ」
「優等生だなぁ。ロシェは?」
「一刻も早く、実戦を体験したいとは言ったが。それとこれとは別だ。教官に実力を認めてもらわないと、なにも始まらないんだ。その点では、エクレスやルシアに同意する」
「まあ、そうなんだよな。まだ、ここに来て一日二日なんだし。あー、でも早く、冒険してみたいよなぁ」
アストルは呟いて、牛乳を一気に呷った。
「そうじゃなぁ。早く冒険したいじゃろうなぁ」
不意に聞こえた声に、アストルは牛乳を噴きそうになっていた。六人掛けのテーブルに、ロシェ、アストル。そして向かい合うように、エクレス、ルシアと並んで座っているのだが、空いているアストルの隣に、いつの間にか、コース長が座っていた。
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