#8
息を切らせてやってきたアストルは、エクレスに言ってきた。
「なんだよー。昨日は落ち込んでたと思いきや、いきなりルーシャと一緒かよ。起きてから心配して部屋に行っても、反応なしだもんな」
「ごめん、ちょっと、身体を動かしたくなって。そしたらルーシャと会って、それで、話をしてた」
エクレスが彼女を見ると、肯定するように頷く。それを見ると、アストルはふうんと唸って、話しかける。
「ルーシャも、なんていうか、朝練?」
「うん……まあ、そんなところかな」
「身体けっこう動かせるタイプの人?」
「ううん、どうだろ? 自分ではあんまり、動かせる人だとは思ってないんだけど」
「そうなのか。俺もさ、こう見えて運動ニガテなタイプでさ。ちっちゃい頃から病弱で」
「へー。なんだか、全然そんなふうには見えないけど」
と、そこにようやく、ロシェが追いついてきた。アストルほど息は切らせていないが、どこか険しい表情で、エクレスに言ってくる。
「おい、抜け駆けか、エクレス」
「おっ。お前ってけっこうそういうタイプ? 女の子とか取り合っちゃったり?」
「お前はなにを言っているんだ。早朝鍛練なら、僕にも一声掛けろ」
「なんだー、そっちか」
なぜかがっかりしている様子のアストルに、ロシェは言い返した。
「お前は、ルーシャ目当てに出てきたのか? 女好きしそうな顔だが」
「ばっ、バッカちげーよ! 俺にはちゃんと、故郷で帰りを待ってる幼なじみがいてだな、そういうんじゃねーから!」
「え、そうなの? どんな人?」
ルシアが、興味津々な顔で乗っかった。それにアストルは、しまったと口を押さえる。
「初耳だな。面白そうだ、聞かせてもらおうか」
ロシェもせっついている。アストルは遮るように両手を挙げて、抵抗を始めた。
「べ、別にそんな、恋人とか、そういうんでもないって!」
「かわいい人?」
「え? ああ、うん……まあ、わりあい普通だけど、なんていうのかな、俺はそんなに嫌いじゃないっつうか……じゃなくて!」
頭を抱えて言った後、アストルはびし、とロシェを指した。
「お前はそういうのないのかよ! 色男!」
「僕か? 興味ないな。まずは冒険者になることが先決だからだ」
「かああ。ご立派ですこと。なんかお前は、黄色い声に慣れてそうだもんな」
両手をわななかせて、アストルは今度は指を、エクレスに向けてきた。
「お前はどうなんだ。村に女の子を置いてきたりしてないのか」
「僕? ああ、そういえば」
「いるのか!?」
食いついてきたアストルに、頷き返す。
「メイっていう女の子が。村を出るときに、花をくれたよ」
「おいおいおい。いい感じのエピソードじゃん」
「なんか、初耳だけど?」
目を細めた微妙な顔で、ルシアまで言ってくる。
エクレスは、補足をした。腰くらいの高さに手をやる。
「まだ、これくらいの小さな女の子だよ。それこそ、病弱な子で。親が農作業で手を離せないときに、本を読んであげたりとかしてあげてた」
「なんだ、そういうことかよ」
アストルは大仰に肩をコケさせた。残念そうな彼に言ってやる。
「僕の村に、同年の子はいなかったって言わなかったっけ?」
「ああ、聞いてたけどさ。ルーシャは?」
矛先が向いて、ルシアは微笑んだ。
「エクレスくんみたいに、村を出るときに、綺麗な石とか、そういうのをもらったよ。私の村にも、同年の子はいなかったから、小さい子たちにだけど」
「ルーシャは、小さい子に人気そうだよな。そんな感じ。モテモテだろ」
「あはは。そうだね。けっこうモテてたかも?」
アストルの言う通り、小さい子たちに涙ながらに惜しまれ、見送られるルシアの姿は、簡単にイメージできる。エクレスの場合には、メイくらいしか泣いていなかったが。
と、ロシェが口を挟んだ。
「どうでもいいが、早朝鍛練はしないのか?」
「それこそ、どうでもいいだろ。昨日の今日で、この五班、やっと顔を突き合わせて仲良く雑談できたのにさぁ。そもそも、もう朝メシの時間だろ? 全員揃って朝メシにしよう、朝メシ!」
元気よく言うアストルに、ロシェがやれやれと嘆息をする。これはもう、おなじみの光景になってきた。
そこに、ルシアが訊ねた。
「あの……。今日から、私も一緒に、ごはん食べても、いいかな」
エクレス、アストル、ロシェの順に、彼女は見回す。アストルは、おうと頷いた。
「あったり前だろ? 俺たちはこれだけ揃って五班だって言ってるじゃん。な?」
「そうだな。僕たちだけで連れ立っていて、いいわけはない」
最後に、エクレスはルシアに言った。
「ごめん。初日から、声を掛けるべきだったのかもしれないけど」
「ううん。私も、心の準備が必要だったから……」
ルシアは笑うと、頭を下げた。
「じゃあ、改めて。よろしくお願いします、五班のみんな」
それに、三人で頭を下げ返す。それから、アストルの提案通り、朝食にすることにした。
身体を動かすことなく、寮へと戻ることになったが、それでも、楽しい時間だった。
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