#4
アストルが感激したように言った。
「でも、そんなにすげえ人たちに教わることができるなんて、入学してよかったなぁ」
「教わりたいなら、くだらないことを聞く前にさっさと自己紹介をしろ。ほれ、起立」
言われて、アストルは立った。身体を適度に皆のほうへ向けて、言う。
「ええと、アストルです! 王都の近くの街で、普通の学校に通ってましたけど、冒険者になりたくて、こっちへ進学しました。気さくに話しかけてくれよな! よろしく!」
「くだらんな」
「ひっ、ひどい!」
なぜか自己紹介を一蹴されたアストルは、衝撃を受けていた。それにグレイシスは笑い、手を振った。
「冗談だ。だが、珍しいな。元の学校では、意外にもそこそこの成績だったそうだが。なぜあえて危険な道、冒険者に?」
聞かれて、アストルは力強く頷いた。
「それはもちろん、冒険がしたいからです! 遺跡からお宝を見つけ出したり、まだ見たことないものを見てみたいからです!」
「ふむ、そうか――」
てっきりまた一蹴されると思ったのか、アストルは身構えていた。が、その後のグレイシスの一言は、エクレスも予想していなかったものだった。
「存外、いい心掛けだ。コース長も言っていただろうが、ものをいうのは、そういう気持ちだからな。お前は冒険者向きだ」
「ま、マジすか」
「ああ。まあ、お前のような生まれたときから能天気な手合いは、なにか重大な壁にぶつかったとき、どう振る舞えるかが今後を左右する。お前のその性格が、表面の飾りでないことを祈ろう」
皮肉っぽく言ってから、グレイシスは隣のロシェを促した。
「では次。おっと、せっかくだから前に出てくるか。その場に立ってでは、顔もよく見えないだろう」
「分かりました」
ロシェは立ち上がり、黒板の前に出てくる。その間に、アストルはまたグレイシスに言っていた。
「俺は前出なくてよかったんですか?」
「ああ。十分にうるさいし、目立つからな」
「や、やっぱりひでえ。俺だけなんかそういう扱いになってる……!」
実際面白いし、グレイシスも楽しんでいるようである。と、ロシェが訊ねた。
「いいですか? 喋っても」
「ああ、どうぞ」
「ロシェ・サンフォレットです。ここに来るまでは……王都の南の街、エヴァリスの学校に通っていました」
ふむ、とグレイシスが頷く。
「それで、冒険者になるためにここに入学、と。また珍しいパターンだな。学校では成績優秀、模範生徒として表彰もされていたらしい。武芸は?」
「街の剣術道場に通っていました」
「そうか。手がかからなさそうでよろしい。あとは魔法の腕だが、それは見てみるまでのお楽しみか。なぜ冒険者を志すかは、今言う気にはなれんだろう?」
「なれませんね」
きっぱりと、持ち前の力強さで言うロシェ。それに、グレイシスも文句はないようだ。
「いいだろう。それはお前の自由だ。では次。その後ろの男子」
指されて、エクレスは立ち上がった。ロシェと入れ替わるようにして、黒板の前に立つ。
生まれてこのかた、人前で自己紹介など、したことがなかった。どういうわけか、ひどく緊張する。
それでもなんとか、エクレスは声を出した。
「ええと、名前は、エクレスです。ここから北西にある村で、農作業などを手伝ったりして、暮らしていました」
言って、なんだか悲しい気分になる。もう少し盛り上がるような自己紹介をするべきなんじゃないか、とは思うが、エクレスの中にあるのは、血みどろの過去と、ラルフ夫妻の元でののどかな農村での暮らしだ。前者は、こんな場で出す話ではない。
ローファスが保護者のような笑顔で頷いているのが、なんだか救いに思える。意外なのは、少女が興味深そうにこちらを見ていることだった。
グレイシスが言う。
「お前はわりと、定番なタイプの生徒だな。とは言っても、農村暮らしから一攫千金を夢見て冒険者に、というふうではなさそうだな?」
「はい」
答えると、グレイシスは頷いている。
「ローファスのお気に入りのようだ。コース長も面白がっていた。私も興味がある」
それを聞いて、アストルが突っ込んできた。
「お前、実はすごいヤツなんか?」
「いや。コース長に見所があるって言われてたのは、アストルのような気がするけど……」
自覚は一切なかったため、そう答えておく。
アストルのほうは、自分が言われたことを思い出したのか、手を打った。
「そういやそうだった。俺はすげえ魔法使いになるんだ」
「あの一言で、そこまで気を大きくできるのはすごいな」
ロシェがため息混じりに言う。それに、アストルは応じた。
「お前はもうちょっと、エクレスみたいに素朴で、人当たりいい感じにしろよな。いちいち嫌味言ってたら、俺たちくらいしか友達いなくなるぞ?」
「悪かったな。こういう性格なんだ」
昨日も感じたことだが、嫌味を言われていると分かっていても正面から振る舞えるアストルは、すごいヤツだと思う。エクレスも、彼は大物なのではと感じていた。
ちらりとグレイシスのほうを見ると、最後になにか言え、と目で言われた。エクレスは必死で考え、とにかく喋った。
「ええ……その。学校にも通ったことのない、知らないことだらけの未熟者ですが。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな! なんでも聞いてくれよ!」
威勢のいいアストルの声ばかりがこだまする。エクレスは一礼して、席へと戻った。
「それじゃあ、次。ルシア」
グレイシスに言われて、少女が立ち上がる。彼女はルシア、という名前らしい。
ルシアは黒板の前に立ち、ひとつおじぎをする。それから言った。
「……名前は、ルーシャといいます。その、エクレス君と同じような、農村の出身です。私は、南西部の村にいました」
透き通った声――エクレスは、そう感じた。小さいが、よく通るような。
「ルーシャ? ルシアじゃなくて?」
アストルが聞くと、ルシアは説明してくれた。
「あ……ルシア、っていう名前なんですけど。小さい頃、うまく言えなくて、ルーシャって言っていたんです。それがそのまま、愛称というか、そっちのほうが名前みたいになっていて、つい」
「へえ。なんか、そっちのほうが可愛いし、俺たちもルーシャって呼んでいい?」
アストルの言葉に、ルシアは笑顔で頷く。
「はい。ルーシャと呼ばれるほうが、しっくりくるので」
「私もそう呼ばせてもらうか。確かに、ルーシャのほうが可愛い」
独り言のように呟いてから、グレイシスはルシアに言った。
「ではルーシャ。君もエクレスと同じ、農村出身か。さっきも言ったように、そこから冒険者を目指すこと自体は珍しくないが、農村出身の女性というのが珍しい。なぜ冒険者なのか、というのは、君も言えないかね」
それに、ルシアは小さく頷いて、答えた。
「あの……。いずれ、お話できれば、と思いますけど……」
一息継いで、ルシアは続ける。
「冒険者になった理由は、その、知りたいことがあるからです」
――知りたいことがある。
エクレスは、はっとしてルシアへの視線を改めた。
境遇だけでなく、理由も、自分と同じなのか。
十年前に起きたことの正体を知るために、エクレスは冒険者を目指している。もしかすると、この少女にも、似たようなことが起きたのかもしれない。それは言い過ぎかもしれないが、ルシアからなにか、言葉にできないような共有感というか、近しいものを感じるのも、事実だった。
グレイシスが、ルシアに聞く。
「知りたいこととは、冒険者にならねば分からないことか?」
「多分、そうです。いえ、あの、分からないですけど……私は、そうだと思って、ここに来ました」
答えるルシアの瞳には、どこか悲壮なものがある。が、強い意志も感じる。
グレイシスは、ルシアにもういいと告げた。彼女は一礼して、座席に戻る。
赤髪の教師は椅子から立ち上がり、こちらを眺め回した。
「自己紹介、ありがとう。まあ、皆が冒険者になりたいという強い決意を持っていることは、よく分かった。境遇だけでなく、そういう意味でも似たもの同士だ。ローファス」
唐突に、話がローファスに振られる。
「退屈なら、まとめてくれ」
「了解しました」
彼はすんなり答えると、黒板の前まで出てきた。そして、エクレスたちひとりひとりの顔を見回していく。
「さっき、コース長が言っていた言葉を、覚えているかもしれないけど。この班、五班は、私とグレイスと、コース長が君たちを選んで作った班だ。私たちが、君たちの組み合わせを作った」
「私はほとんど、お前とコース長が決めるのを見ているだけだったがな」
それには笑って、彼は頭に手をやった。
「まあ、そうなんだけど。他の教官とも掛け合って、この構成にさせてもらった。だからもし、なにかあれば、私の責任ということになる。だから振る舞いに気をつけてくれ、と言うんじゃない。私は、君たちを信頼しているし、君たちが今まででもっとも素晴らしい冒険者になれると、確信もしている」
「彼の名誉のために言っておくと。別に職権の濫用ではないぞ。教官が、自分の教えやすそうな生徒や、合いそうな生徒を選んで配置をするのは当然のことだ」
エクレスは頷いた。冒険者を育成するというのは、教える側にとっても大変なことなのだろうから、そのあたり、考えて当然ではあるだろう。
ローファスは軽く両手を広げて、続けた。
「そういうわけだ。そういうわけだから……そうだな、私が言いたいのは、これから一緒に頑張ろう、ということだ。よろしくね」
「よろしくお願いします、教官!」
元気よく、アストルが答える。それに満足そうに頷いたローファスは、グレイシスを促した。
「ではグレイス教官。自己紹介もうまくまとまったようですし、最初の授業を」
「了解した。では改めて――五班、最初の授業を始めるとするか」
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