#3
再集合の後、エクレスの班は、教官ふたりに連れられて、簡単に校舎を見て回った。保健室に、大きな室内訓練場など、色々な部屋があった。最上階には行かなかったが、そこにコース長の部屋があるらしい。一フロアを全て私物化して、そこに住んでいるという。
そして今は、教室の中にいた。実際のところ、教室とは名ばかりなこぢんまりとした部屋で、入るなりアストルは小せえ! と叫んだ。
部屋の中にあるのは、黒板のそばに教官用と思われる木椅子がひとつ。後ろの壁にも、これも教官用だろう木椅子がひとつ。
そして、黒板の前にふたりが着席できる大きさの長机と椅子が二列ある。これが生徒の席であり、前の列にはロシェとアストルが。後ろにはエクレスと少女が座ることになった。
黒板の前にグレイシスが立ち、ローファスは、教室の後ろの壁にもたれている。
さっそく、白墨を手にしてグレイシスが言った。
「それでは、授業を始めるぞ」
「その前に、グレイシス教官、自己紹介などはどうですかね。特に、男の子と女の子は、なんだかんだで、きちんと会話をできていないでしょうし」
流れの腰を折ったのは、ローファスだった。それに微妙な笑みを返して、グレイシスは木椅子をたぐり寄せた。どっかと座る。
「私も、男連中とは初めて顔を合わせたんだったな。よし、では、そこのやかましいヤツから、自己紹介を始めろ」
やかましいヤツこと、顎で示されたアストルはすぐさま異議を唱えた。
「俺たちは、教官のこともあまり知りません! まずは教官のことを詳しく教えてください!」
それに、面倒そうにグレイシスは舌打ちする。それから、言った。
「私はグレイシス。なんの因果か知らんが、お前たちの教官となった。以上だ」
「教官、俺たちもグレイス教官と呼んでもいいんですか?」
「構わん。好きにしろ」
「グレイス教官、スリーサイズはいくつですか?」
「ああん?」
アストルの質問に、眉間に皺を寄せるグレイシス。エクレスの後ろで、ローファスが笑いを噛み殺している気配がある。
薄く笑って、グレイシスは自分の身体を示した。出るところの出た、と世間では言うだろう。肉感的な、大人の女性の身体だ。
「なぜそんなことを聞く?」
「教官はいわゆるナイスバディで綺麗な人なので、興味があります!」
「発情するのは勝手だが。ベッドのシーツに染みをつけるなよ。洗濯係が可哀相だ」
さらりとそんなことを言ってから、グレイシスは肩をすくめた。
「そもそも、スリーサイズなど知らん。どうしても知りたければ、お前が自分で測ってみろ」
「測っていいんですかっ!?」
「ああ。私も抵抗をするがな。全力で」
そのやり取りに、ローファスが口を挟んだ。笑いをなんとか抑えながら、言う。
「アストル君。グレイスにいきなりそこまで聞ける君の勇気には敬意を表するが、やめておいたほうがいい。『灼熱の氷』を手にしようとして、多くの男が斃れてきたのを、私は見ている」
灼熱の氷、というのは、グレイシスのことだろうか。エクレスは黙って、ローファスが続けるのを聞いた。
「私から紹介しよう。彼女、グレイシス教官は、この冒険者コース始まって以来の魔法の天才と呼ばれている。火、水、風の精霊の加護を生まれ持ち、その習熟速度も、驚くべきものだったらしい。冒険者としても凄腕で、遺跡からいくつか、古代の秘宝を発掘してもいる。王宮からも認められた、最高の冒険者のひとりだよ」
その紹介に、アストルはごくりと息を呑んでいた。エクレスも同じようなものだった。よくは分からないが、とにかくすごい人であるらしい。
それに、グレイシスは鼻で笑った。
「私なんてまだまだだよ。その人に比べたらね。ローファスは……私が聞きたいくらいだが、あなたになにか苦手なものはあるのか?」
グレイシスに問われて、ローファスは首を傾げた。
「甘いものかな。あとは……酒は一口も飲めないが」
それに、グレイシスは肩をすくめた。意趣返しにか、彼のことを説明してくれる。
「だそうだ。酒が飲めないくらいで、他にできないことはない。この訓練校には、他の教員も相当な実力者が揃っているし、私自身、腕には自信を持っている。が、教員でここのトップは、その男で間違いない。精霊の加護は全て持ち、攻守に隙がない。冒険者としての功績も、私なんかとは比較にもならない」
「褒めすぎだ」
「ふん。おあいこだろう」
互いに言い合うグレイシスとローファスに、アストルが訊ねた。
「じゃあローファス教官なら、グレイス教官のスリーサイズを測れますか」
「君、やたら固執するね……」
ローファスは呆れていたが、グレイシスが応じる。
「まあ、コース長か、ローファスなら、私は敵わないだろうな」
「だそうですよ、教官」
「いやいや、やらないから。私だって命は惜しい。生きたまま消し炭にされたくはない」
ローファスはノリよく応じそうに思えるが、頑なだった。この教官ふたりは、やはり相当な実力者のため、簡単にぶつかったりはしないのだろう。エクレスは、そう納得することにした。
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