#2

 その後、なにをするのかと見ていると、コース長は、並んでいる列に近づいてきた。そしてひとりひとり、生徒に声をかけ始めた。直接、激励をしていくようだ。


 全部で五つある班で、エクレスたちの班は最後の班だ。しばし待って、ようやくコース長が、エクレスたちの列へとやってくる。


「さあて。ここがボウズとグレイスの班じゃな」


 面白そうに、コース長が言うのが聞こえた。


 コース長の声掛けが終わった班は、それぞれすでに行動を開始している。なので、エクレスたちの班の周りには、もう人がいない。


 コース長は、ローファスに顔を向けた。


「鬼が出るか、蛇が出るか。任せて大丈夫かな、ローファスよ」


「ええ。最善は尽くしますよ」


 次に、赤毛の教官へ声を掛ける。


「グレイスも、よろしく頼むぞや。ボウズは危なっかしいのでな。おぬしの力が、なにかと助けになろう」


「面白そうなメンツは揃ってるみたいなんでね。せいぜい、楽しませてもらいます」


 綺麗な女の人なのだが、なんだかドスの利いた声だ。恐い人なのかもしれない。


 と、アストルがコース長へ質問した。


「コース長とローファス教官は、顔なじみなんですかっ?」


 それに応じるように、コース長はローファスの肩に手を置いた。


「そりゃ、ここの教官はみいんな顔なじみじゃ。ここで働いとるんじゃからな。が、このボウズは、わしが育てた」


 言ってから、ローファスを見て、にやりとする。


「優秀すぎて手がかからん、つまらんヤツじゃったがのう。いい加減なヤツじゃが、腕は確かじゃ。せいぜい、こき使って困らせてやれ」


「あなたにいい加減とは言われたくないのですが……」


 苦笑いをして、ローファス。それから、エクレスたちに続ける。


「私がここで学んでいるときの教官が、この人だったわけじゃないよ。ここを卒業してから、この人と旅して回っていた時期があってね」


「そういうことじゃ。野郎ふたりで、ちっとも楽しくなかったがのう」


 言葉の反面、コース長は笑顔だ。それから、ロシェの前にやってきて、その顔をよく見た。肩をぽんと叩く。


「うむ。サンフォレットの。ええ顔をしとるな。あまり気負いすぎず、のんびりやるがええ。眉間に皺を寄せすぎると、男前が台無しじゃぞ」


「は、はい」


 背筋を伸ばして、ロシェが応える。さすがにコース長の前では、彼の皮肉げな態度も引っ込んでしまうようだ。


 次はアストルだった。コース長が、同じように顔を覗き込む。


「お前さんも、サンフォレットのと同じで、地元の普通の学校に通っておったのを、そこで上には進まずに、こっちへ来たんじゃったか」


「はっ、はいっ! 冒険者に、子供の頃から憧れてました! 高等教育よりも、こっちに来たかったんです!」


「なんで来たの?」


「だっ、ダメだったんすか!?」


 思わず、エクレスは笑いそうになった。確かに、コース長のニュアンスは、『なんでこっちに来ちゃったの』というふうだった。


 それに、コース長は笑って首を振り、アストルの肩を叩いた。


「ダメじゃないぞや。お前さんからは、かなり強い精霊の加護を感じる。鍛えれば、わしほどではないが、いい感じの使い手になれるじゃろ」


「まっ、マジですか!」


「マジじゃ。わし、ウソはあんまり言わん。これほどの才能の持ち主が、よくもまあうまいことこっちへ来てくれたのう、という意味じゃ、さっきのは」


 それを聞いて、アストルはほっとしたようだった。大仰に息を吐いて、胸に手をやっている。


「まあ、頑張ることじゃな。お前さんはノリもいいし、この班のムードメーカーとしても頼むぞや」


「まっかせてください! 俺、そういうの得意ですから!」


「声はもっと小さくてええよ」


 アストルのやる気をするりといなして、コース長はいよいよ、エクレスの前にやってきた。じいっと、灰色の瞳が、こちらを覗き込んでくる。


 不思議な感覚だった。内面を全て探り出されているような。それでいて、不快感がない。なにも言えずに、ただそれを見返していると、コース長は顔をほころばせた。


「ふむ、ふむ。こりゃ、面白い。試験の時にもちらと見たが、こうして近くで見ると、実に面白いな」


 なにかを弄ぶように、コース長は言う。エクレスには、まったく意味が分からなかったが。どうすることもできず、ただ話を聞く。


「お前さんは――エクレスと言ったか。お前さんもなにか目的があって、冒険者になりたいんじゃろう?」


 それに、頷きを返す。コース長も頷く。気づけばいつの間にか、その目が真剣なものに変わっていた。


「己を見失うでないぞ。友を頼れ。まあそれは、みんなに言えることじゃが、おぬしの場合は特にな。大変なときこそ、力を合わせてガンバじゃ」


 ぽんぽん、と肩を叩かれ、微笑まれる。ころころと表情が変わり、底の知れない人だが、言葉を聞いているだけで、なんだか安心できた。これがいわゆる、カリスマとかいうものなんだろうか。


 それから、隣の少女へ顔を向ける。コース長は、声を掛けた。


「おぬしもじゃ。女の子ひとりで、なにかと大変じゃろうが。こういう班にしたのはこのボウズじゃ。恨み言はいくらでも言っていいぞ」


 指さされて言われて、ローファスは頬を掻いていたが。


 コース長は続ける。


「男は、女に優しく。女も、男にほどほど優しく。万事仲良く。そういうことで、頑張ってのう。この班には、期待しとるからの」


 それで、全部終わりのようだった。コース長はびし、と手を挙げると、それを別れの挨拶として、もうこちらには一瞥もせず、校舎へ向かって歩いていく。


 それを見送ってから、ローファスが言った。


「それじゃあ、オリエンテーションを始めようか。手始めに、校舎を案内しよう。それから早速、最初の授業に入るよ」


「いっ、いきなり、授業なんすか?」


 狼狽えたアストルに、ローファスは笑って頷いた。


「いきなりだ。普通の学校とは違うからね。ほら、他の班は、オリエンテーションすらすっ飛ばして、早速実技を始めているところもあるよ」


 彼が顎で示したほうを見ると、やや離れたところに、運動着で整列した男女ふたりずつの班が、教官の話を聞いているのが見える。


「授業の内容っていうのは……それぞれ、違うんですね」


 茶色の髪の女の子が、小さな声で質問をする。それに、ローファスが頷いた。


「教官が自由に決めていいからね。ひとりひとりに合った指導を細かく分けた班でやっていく、っていうのがこの訓練校の、コース長の考えた方針なんだ」


「では、僕たちはどんな授業を?」


 ロシェが聞くと、グレイシスが答えた。


「まずは、基本的なとこから始める。魔法についての基礎知識の確認と、お前たちが現時点でどれだけ精霊の加護を形にできるかを見る」


「うおお、いきなり魔法かぁ。すげえ!」


 握り拳で興奮するアストルに、グレイシスは目を細めた。


「チャラチャラした気持ちなら、とっとと荷物をまとめて元の街に帰るんだな。お前が魔法を暴発させて自爆したり、班員のケツに火でもつけられては迷惑だ」


「はっ、はい。すいませんでした……」


 しゅんとして、アストルはすぐに謝る。それを見届けてから、グレイシスはゴミでも払うように手を振って、言った。


「分かったら、各自筆記用具を取ってこい。集合は校舎前だ。ほれ、駆け足!」


 有無を言わさぬ調子に、エクレスたちは、寮の自室へ走った。

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