第二章
#1
ついに迎えた、冒険者コースの生徒としての初日、入学式――
エクレスは、校庭に並ばされていた。
ひとりではなく、昨日知り合った同じ班のアストル、ロシェもいる。先頭にはローファスが立ち、その後ろには、ウェーブがかった赤毛をまとめた女性がいた。おそらく、グレイシスというもうひとりの教官だろう。
そして、エクレスの後ろには、少女が立っていた。肩くらいまでの茶色の髪をした、一見したところ、あまり冒険者とは結びつかないような、おとなしそうな子という印象だった。
校庭に班ごとに並び、エクレスはコース長の話に耳を傾けている。
「えー、本日はお日柄もよく。絶好の入学式日和じゃな」
天気はどんよりとした曇りだったが、おかげで、こういったスピーチを聞くには適した状態だ、とエクレスは好意的に解釈した。
コース長は、腰まである白髪に、胸まである白髭をたくわえていて、黒のローブを身につけている。あまりにも典型的な長老じみた外見をしていて、見かけはかなりの高齢のように見えた。だが、その身体はエクレスよりも遙かに大きく、背筋も伸びていて、十把一絡げの老人ではないことは、一目瞭然だった。
喋り出す前までは、とてつもない大人物が纏うという、オーラのようなものが見えるような気さえしていた。
「ええと――そうじゃな。諸君らは、厳しい厳しい訓練を経て、冒険者となるべくここへ集ったわけじゃ。冒険者はええぞ。男のロマンじゃ。おっと失敬、女の子もおるわけじゃが、言葉のアヤじゃ」
だが、木製の台の上に乗って喋り始めると、どことなくいい加減な雰囲気が漂い始めた。他班には吹き出したりはしなくとも、口元を緩ませている子も見える。
「ロマンを追い掛けて飯が食える。遺跡に命を賭けるのがおっくうになったら、それなりの実績さえあれば教官になれる。こんなおいしい人生、そんなにないぞ。それゆえ、ここに入学するまでは厳しいのじゃが、入ってしまえばもう大丈夫。じゃ」
えほえほ、とわざとらしく咳をしてから、コース長は続ける。
「校則やら、面倒な話はしたくないのが本心じゃ。各自、己の良心の示すところによく従うこと。つまるところ、遺跡や過去の遺物を追い求め、またあるときは人を助け……そういうことを生業とせねばならない冒険者には、それが一番肝心じゃ。冒険者とは、単なる職業にあらず。生き様につく呼び名じゃ」
やや、真面目な話になってきたようだ。なんとなく、目が合ったようだったので頷き返すと、コース長は笑顔になった。
「班ごとの揉め事はご法度。教官の言うことを、親の言うことよりもよく聞くこと。それを守ってもらえれば、わしは安心じゃ」
そこでまたひとつ咳払いが入る。コース長は、じろりと場をねめ回した。
「お前たちはまだひよっこじゃ。よちよちのひよこじゃ。だからこそ、いつか羽ばたくそのときを夢見るのじゃ。この世界には、驚くべきこと、不思議なこと。楽しいこと、腹の立つこと、悲しいこと、喜ばしいこと、全てがある。それを最前列で楽しめるのが冒険者、お前たちが目指すものじゃ!」
と、コース長は右手を天へと差し伸べた。そして、高らかに叫ぶ。
「退け、雲の帳よ! 光の神よ、この若者らの前途を祝福せよ!」
なにごとかと、エクレスは目を剥いた。アストルがうわあ、と叫ぶ。他の班も似たようなもので、ところどころからざわめきが漏れる。
コース長の叫びと共に、校庭の真上だけが、分厚い雲を見えない手でどかしたかのように、晴れ渡ったのだ。
魔法だと、エクレスはすぐに悟った。大昔に、光の神によって、精霊を介して人に与えられた大いなる力だ。
はっとして、エクレスはコース長へと視線を戻した。彼は、ざわめくみんなを見て、ご満悦のようだった。
だが、なかなか収まらないざわめきに、笑顔が引っ込んでいく。
「おーい。わしの力にびっくりするのはいいけど、話、もうちょっとあるんじゃよ。せっかくちゃんと考えてきたのに……」
拗ねかけていた。それに気づいて、やっと場が静かになる。
コース長は頷いて、話を再開させようとした。
「ええと、なんだっけか。まあ、そういうわけじゃから。冒険者には、こういう魔法の力は必須じゃ。おぬしらも、鍛練を積めばわしの使うような魔法にも到達できるかもしれん。もちろん、魔法が苦手なものもおるじゃろうが、そのための班員じゃ。皆で協力し、困難に立ち向かう。友情、努力、勝利、それもロマンじゃ。ひとりでできることは高が知れておるゆえ、そこんとこ、ゆめゆめ忘れんようにな。話、おわり」
それで本当に話は終わりなのか、ひょいっとコース長は台から飛び降りた。
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