#6
新しい生活の始まる部屋の中で、まずは、荷解きをしておくか、と意気込んで――
エクレスが改めて鞄に手を掛けたとき、ノックの音がした。
「はい?」
返事をすると、がちゃんとドアが開く。現れたのは、同じくらいの歳の男ふたりだった。
「よう! お前、ローファスって人の班員か?」
「そうだけど」
「やっぱりな。俺はアストル。俺も、あの人と、グレイシスっていう人が教官だって言われたから、同じ班だよな。よろしく!」
アストルは、やたらと声を張ってくる。そういう性格なのだろう。茶がかった短めの髪からも、活発な印象を受ける。背格好は同じくらいだが、エクレスのほうが、彼よりも少し背が低いだろうか。
「ああ、よろしく。僕はエクレス」
「エクレスか。かっこいい名前だな! 今日から同じ冒険者仲間だ。よろしくな!」
手を差し出すと、彼は喜んで応じてくれた。がっちりと握り返してくる。
その後で、エクレスはもうひとりを見た。そちらはあまり乗り気でなさそうに、壁にもたれてこちらを窺っている。
彼は、うんざりした様子でエクレスに言ってきた。
「君、部屋を僕と代わらないか」
「どうして?」
「うるさいんだ、こいつは。もう少し落ち着いてくれるとありがたいんだが……」
アストルはぎこちない笑みを浮かべる。
「わ、悪かったよ。舞い上がっちゃってさ。お前はワクワクしないの?」
「それも何度目の質問だ。まだ、冒険者としてのスタートラインにも立っていないんだ。能天気に浮かれてなどいられない」
嘆息して、彼は壁から背中を離した。それから、エクレスの前にやってくる。
背丈は、エクレスよりもやや高い。短めの金髪に、青の瞳というのは、ローファスと同じ特徴だ。体つきもしっかりしていて、軟弱な雰囲気はない。
「僕はロシェ。ロシェ・サンフォレットだ。せいぜい、足を引っ張らないようにしてくれ」
「ああ。僕は、エクレス。よろしく」
ロシェにも手を差し出すと、アストルよりは乗り気でない様子で、やんわりと対応してくる。
サンフォレットというのは、家名だろうか。家名というのは、領地を治める貴族にあるものだと、ラルフから教えてもらった覚えがあった。若干皮肉めいた雰囲気を纏っているところも、ラルフから聞かされた貴族の特徴に合う。
もし、貴族であるなら、だが――貴族が冒険者を志すというのは、変わっているなと思わざるを得ない。だが、いくらロシェの顔を眺めてもその理由は書いていないし、彼自身も喋るつもりはなさそうである。
ともあれ、ロシェの目には、なにか並々ならない決意の炎のようなものが宿っているということだけは分かった。なにか期するものがあって冒険者を目指しているのには間違いないのだ。そして、そういう決意を秘めることのできる人間に、そうそう悪いものはいないはずだ、とも思う。
人の部屋で、一方のアストルはすっかりくつろいでいた。カーペットの上にそのまま座り、こちらを見上げている。
「晩メシなんだろうな。一緒に食堂行こうぜ。七時になったらさ、呼びに来るよ」
「ああ、ありがとう」
エクレスは頷いた。部屋を見回すと、壁に時計が掛かっているのを見つけた。もう夕刻だ。数時間で、夕食になる。
「班単位での行動は、まだ義務付けられているわけじゃないだろう」
ロシェが言う。が、アストルはひるまない。
「なんでも早いほうがいいだろ? 一匹狼気取りじゃ、冒険者になんてなれないぜ」
「別に気取ってるわけじゃない。ふん、いいだろう。では、七時に全員で夕食だ」
ロシェは、あっさりと乗せられていた。それに満足してアストルは頷き、次に誰にともなく言った。
「班員はもうひとり、女の子だろ? どんな子かな。可愛いかな」
「なんでも構わないだろう。足さえ引っ張らなければ」
「お前こそそればっかりじゃねえか。なあ、どう思う?」
話を振られて、エクレスは首を捻った。どう思うもなにも、まだ顔も見てないのだから、なんとも言いようがない。
「僕もちゃんと協力できればいいな、と思うよ」
「まー、そうだよな。女の子ひとりとか、やりづらいだろうしな」
しみじみ言うアストルに、ロシェが疑問を投げる。
「ところで。お前はまだ荷物を片づけていないだろう。エクレスも、到着したばかりなんだろう。夕食の前に終わらせておくべきなんじゃないのか」
それに、アストルは飛び上がるようにして立ち上がった。
「ああ、やべえ! そうだった! おいロシェ、手伝ってくれよ」
それにロシェは、腕組みをして深く嘆息をしている。すぐにドアへ向かうアストルは、部屋を出る前に振り返り、持ち前の笑顔で言った。
「んじゃ、またメシん時にな! これから、頑張ろうぜ」
「うん」
アストルは、明るく気さくで、とても好感が持てる。うんざりしながらもそれに付き合っているロシェとも、これから仲良くできるだろうと思う。
ふたりを見送ってから、エクレスは荷解きを再開した。
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