#4
「やあ、エクレス君だね」
ふと、声を掛けられた。すっかり学校に向いていた意識を、声のしたほう、校門の傍へと向ける。そこには、金色の髪を肩よりもやや長めに伸ばした男性が立っている。身長は、百八十センチほど。瞳は青い。服装は、白いシャツに黒のパンツという、ありふれた服装だった。
だが、顔の造作は驚くほど端整で、演劇の俳優だと言っても信じられるほどだ。
「はい、こんにちは」
「ああ、こんにちは。長旅、お疲れさま」
挨拶を返すと、清潔感のある笑顔で、男は歩み寄ってきた。
「ここまでは、迷わなかったかな」
「はい。王都って広くて複雑ですけど、なんとか」
広場までは人の多さに圧倒されていたが。訓練校のあるこの町外れは人影もまばらだ。そのおかげで、地図を読み解くことに集中できた。
と、不安に思い、エクレスは校門へと視線を動かした。そこにはきちんと、『第四訓練学校』と記された木板がくっついている。さらに、手書きで『冒険者コース』と書かれた板も、ついでのようにくっついていた。
そのぞんざいな看板について、試験を受けに来たときに見たおり、すさまじい不安を覚えたのを思い出す。
「私のことは覚えているかな。試験のとき。君の面接を担当した者だけど」
「はい、覚えています」
エクレスは頷いた。忘れるわけはない。金の髪、青い目、端正な顔立ちが印象的なこと以上に、なにか、どこかで見たような雰囲気があったからだ。
男は、満足げに頷いた。
「君は晴れて『冒険者コース』の生徒だ。ついでに言わせてもらえば、君の入る班の担当は、私ということになった。もっとついでに言うと、君以外の、班に入る子たちはすでに案内して寮のほうへ……」
男は矢継ぎ早に喋る。エクレスは、話についていけていなかった。
それに気づいて、彼は途中で咳払いをした。
「舞い上がってるつもりはなかったんだが。順番にいこうか。私は、ローファス。言った通り君の教官になるが、好きに呼んでもらって構わないよ」
と、手を差し出してくる。エクレスは鞄をひとまず地面に下ろし、握手に応えた。
「エクレスです。ご指導、よろしくお願いします」
握るローファスの手は大きく、長い間農業に従事しているラルフの手ほどではないが、皮膚も分厚い。独特の強靱さが感じられた。
「うん。じゃあ、話の続きは、歩きながらにしようか。寮に案内するよ」
ローファスは、顎を校門の先へしゃくった。エクレスは頷いて、鞄を持ち上げる。
門をくぐると、彼はまず、すぐ右手にある校舎を示した。
「前、試験やらを受けたあそこは、校舎だ。校舎のすぐ隣りにある建物が、寮だね。そこに君たち生徒が寝泊まりすることになる。私たち教官は、あっちの……隣の建物で寝泊まりしているよ」
エクレスから見て校舎の左側に、よく似た大きな建物がある。さらにその隣にも、同じような見た目の、石造りの建物が並んでいた。
「ちなみに、寮の部屋もすでに決まっている。君は相部屋でなく、ひとり部屋だよ。ラッキーだね。そうそうないんだよ、ひとりって」
「そうなんですか?」
エクレスが聞くと、教官は頷く。
「私の班は、君を含めて男の子三人、女の子がひとり。君以外の男の子ふたりは相部屋だ。で、多感な時期の男の子と女の子を一緒にはできないし、他の班から余りも出なかった。だからなんだけど。ああ、そうだ。班とか、ここのシステムについては、きちんと理解しているかな」
エクレスは頷いた。試験合格の知らせを届けに来た人から、入学の手引きと書いてある冊子をもらっている。受け取ったその日から、今日この日に至るまで、エクレスは紙や綴じ紐がボロボロになるほど、しっかり読み込んでいた。
いわく、大陸中から志望者を募る冒険者コースは、厳正な試験によって生徒を選抜する。選抜された生徒は、入学してのち、コース長と教官によって適正人数の班に分配され、冒険者となるための教育は、その班単位で行われる、という。
それをローファスに言うと、彼は笑顔で頷いた。
「うん、しっかり予習はできているようだ。座学と実技は、班で行われる。そして、君の班を担当するのは、私と、グレイシスだ。グレイシスは綺麗な女の人で、私よりも若いが、素晴らしい腕を持つ教官だよ。私や教官仲間は、グレイスと呼んでいる」
「おふたりのどちらかが座学で、というふうに分かれているんですか?」
「いいや、そんなことはないよ。私たち教官は、優秀……と自分で言うのもなんだが。できる人たちの集まりだから。教官によって、質問を選ぶ必要はないよ。君たちが習わないといけないことは、私たち教官全員ができることだからね」
校庭は広く、一面、白く細かい砂で覆われている。
その上を進みながら、エクレスは訊ねた。
「今期入学した生徒は、何人くらいなんでしょうか」
「今年は少なかったな。たいてい、三十人くらい取るものなんだけど。今年は、二十人だ。だから、夏くらいに再募集をかけるかもしれないね」
「二十人ですか?」
「そうだ。狭き門だろう? 元々、冒険者は危険な職業だ。だから、私たちはこれと思える生徒たちを慎重に選抜する。そんなに、人数は問題じゃないんだけどね。班はそれぞれほとんど独立して行動することになるし、他班とあまり関わり合うこともないから。上級生とは、顔を合わせることもないだろうね」
「では、途中で生徒が減ることっていうのはあるんですか?」
その質問は、勝手に出てきたものだった。金髪の教官は、にやりと笑う。
「ここの合格というのが狭き門だとは言ったね? つまり、試験の時点で、まず間違いなくものになると私たちが判断できた者だけが選ばれる。しかし。それでも、ごく稀にリタイアする者はいる。冒険者の道を断念せねばならない事態というのは、事実として存在するし、その確率をゼロにはできない」
それを聞いて、エクレスはごくりと唾液を呑んだ。簡単だと思っていた試験は、やはり厳しいもので、それを潜り抜けられたとしても、無事に冒険者になれると保証されているわけでもない。
と、ローファスは肩をぽんと叩いてきた。
「大丈夫、大丈夫。君の面接をしたのは私だし、保証するとも。君が想像している以上に、学校生活は気楽で楽しいものだろうし、冒険者というのも、気楽なものだよ。危ないことなんて、これっぽっちもないとも」
脅しておく必要があったから言っただけだよ、と言わんばかりに、ローファスは背中を叩いてくる。エクレスは、どうもその言葉ばかりは素直に信用する気になれなかったが。
気づけば、寮の入口、大きな両開きのドアの前まで歩いてきていた。教官が先へ進み、ドアを開けてくれる。
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