#2

 ラルフ夫妻の家を出ると、すでに村の広場には人が集まっていた。朝早い時間にもかかわらず、見送りに村の人が総出になっている。結構待たせていたようだ。


 エクレスは、みんなの集う広場へと進んだ。


 この村は、十数世帯が集まって形成されている。エクレスと同じ歳の子供はいなかったが、数人、六つ、七つほどの歳の子供がいた。彼らと遊んでやることは、一番の年長であるエクレスの仕事のひとつでもあった。


 リーン、ダインという名の兄弟は、父親の後ろに隠れて、こちらを窺っている。他の子供も、同じようなものだったが。


「にいちゃん」


 広場の真ん中まで進むと、舌足らずな声で呼ばれる。そちらを振り返ると、まだ小さい、メイという名の少女が、両手を後ろに隠して立っていた。


「やあ。メイ」


 挨拶をすると、メイは手を出した。その手には、一輪の白い花がある。


「くれるの?」


「行っちゃうの?」


 エクレスの声に被せるように、メイは言う。それに頷く。


「うん。大きな街にある学校にね、お勉強をしに行くんだ」


「帰ってくる?」


「うん」


「いつ? あした?」


 言われて、笑ってしまう。エクレスも、村から出掛けていく姉に、まったく同じようなことを言った記憶があった。


 そのとき、姉が自分にしてくれたように、エクレスはメイの頭を撫でた。かぶっている麦わら帽子を、まっすぐに直してやる。


「明日ではないけど。今年中には、きっと帰ってくるよ。夏には長いお休みもあるみたいだから、もしかしたら、そのときに帰ってこられるかも」


「夏まで会えないの?」


「そうだね」


 聞いた途端に、メイの大きな瞳にじんわりと涙が溜まっていく。それを、近くにいる父親がとりなした。


「一生会えないわけじゃねえんだから。ほら、兄ちゃんを元気に送り出してやんな」


「あっ、あう……」


 だが、その甲斐もなく、メイは泣き出してしまった。それを契機に、広場にいた人たちが、輪を狭めて近寄ってくる。リーン、ダインを含む子供たちに、その親も含めて、声を掛けてきた。


「いいなあ、俺も行ってみたいなあ、王都」


「元気でね、エクレス」


「また、顔出せよ」


 そんなような言葉ひとつひとつに、会釈と返事をする。みんなの気が済んでから、最後にラルフとメイジーが、エクレスの前にやってきた。


 ラルフは、にかりと白い歯を見せて言った。


「お前がいなくなると、ちょっとばかり寂しいな。この十年間……息子がもうひとりできたようで、楽しかったよ」


 次に、メイジーが言う。


「顔も見せてほしいけど、お手紙をくれると嬉しいわ。学校が、どんなふうか、きちんとご飯を食べているか、とか。教えてね」


 エクレスは、ラルフ夫妻に深く頭を下げた。できることは、それくらいしかない。


 それから顔を上げて、ふたりの青い目をしっかり見返した。


「十年間、お世話になりました。……お父さん、お母さん」


 第二の故郷、第二の家族と言うべきものから離れる寂しさを懸命に堪えて、エクレスは言葉を絞り出す。


 ふたりは、無言で頷き返した。ラルフは、農作業で日焼けした顔を、くしゃくしゃに破顔していた。


 それから、かろうじて泣き止んだが第二の涙を溢れさせるメイから花を受け取り、村の入口に待つ馬車へ向かった。

 

 途中、何度か振り返ると、広場からみんなが手を振っているのが見えた。それに手を振り返して、エクレスは馬車に乗り込んだ。

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