受賞式【掌編名作発掘コンテスト☆目指せ黒帯レビュワー】
それでは、さっそく受賞作品の発表に入りたいと思います。
(敬称略にてご了承ください)
まずは、中核を成す翼賞から……
【天川の翼賞】
◯ さよならの木立/遥風はじめ
奇しくも、最初に読んだ作品が企画の方向性を具体化するという現象を再び起こした作品でもありました。
夏の情景、蝉の声……そんなごく普通の情景から、突然のM24の登場により読者は一気に非日常へと叩き落されます。
いわゆる、ゾンビ・サバイバルものなのですが、そこで生きる彼らにとってはこの異常なる日々が日常であることが色濃く印象付けられます。必要な物資をかき集め、今日を生き残るために手を尽くす。自分も、仲間も────。
そんな異常が日常に成り替わった時、彼らの生き様は自分たちの隣りにある生と死というものを肌触りを伴って実感させます。
異常なる日常の一幕を切り取った、秀作。ぜひご賞味ください。
◯ HEART OF ANGEL/下東 良雄
続きましては、こちらの作品。
前出の作品に輪をかけて、こちらはガッツリと異なる世界観を演出してくれます。
掌編という枠組みの中で、ともすれば印象的な場面や台詞が記憶に残る、という事はあるのかもしれませんが、ストーリー全体が質量を伴って心に残るというのは、かなり稀有な存在であるような気が致します。
この物語、ラストにおいて一応の幕引きがされておりますが、実際にはもっともっと壮大で緻密な背景と長大なストーリーが存在することを十分に感じさせてくれる重厚感がありました。瞬発力を要するごく短い作中で、これほど起承転結が見事に組まれており、それでいて物語を閉じつつ背景までも感じさせるというのはかなりの偉業であるようにも思えます。
私の選んだ作品としては珍しいSFテイストのハードボイルド作品。
一瞬で物語の中に引き込む、読み手の力量問わずに読ませてくれる構成にも感じ入るばかりでありました。
続いては、天川賞の中の天川たる所以を形作る、こちらの賞の受賞作です。
【天川の涙賞】
◯ プラネタリウムを贈る/糸森 なお
大きな物語の一部分、そんな切り取られたような作品が多い中、この作品はこの文字数で完成されているようなジャストサイズ感を印象として受けました。長くもなく短くもない、まさにこの長さが物語の大きさなのだと。
以前あった、公園の片隅のプラネタリウム。
そこはもう、今は閉鎖されており見ることは出来ません。
全国的に見ても、プラネタリウムというのはその数も利用者も減少の一途を辿ります。それこそ、劇中のように学校の行事で無理やり見させられるような扱いが多いのかもしれません。
しかし、そのプラネタリウムに忘れられない過去と後悔を刻んだ、姉弟たちがいました。その思いは、何年も経た今でも胸を締め付け乾かない痛みを与え続けています。
姉弟たちのささやかな願いと思い、そして消せない後悔。
ほんの小さな物語が、深く鋭く胸を抉ります。
◯ パパと自転車/時輪めぐる
こちらの作品、語弊を恐れずに申し上げますと、読み終えた直後にはそれほどの情動は起こらなかったのですが……。
後日、自分(天川)の父と自宅にて簡単な農作業をした折……思えばこんな日々もあと何日続くことかと、ふと思った時……この物語の────自転車を後ろで支えた父親の姿がフラッシュバックのように脳裏に蘇り、胸を掻き毟るような感傷に襲われました。
実は当初、同作者様の『緑のカーディガン』の方を候補に挙げていたのですが、より普遍的な日常の中に感傷と感動をかき立てる、こちらの作品の方を敢えて選ばせて頂きました。
どちらも甲乙つけがたい、『遺された心』というものを情感豊かに描き上げていると思います。付け加えるなら同作者様の参加作品全てに、その一貫したテーマのようなものが根底に流れていると感じずにはいられませんでした。
作品もさることながら、作者様自身に強烈な興味と執着が生まれてしまった次第です。
そして今、改めて確認して再び驚愕しておりますが、文字数わずか946文字……。
まさに、記憶と感情が凝縮されたような作品であったと思います。
◯ 月の欠片/野栗
自分が思うのと同じ関係性を、相手も認識として持っていてくれるとは限らないのが人間関係の厄介なところ。
嫌われていると思っていたら実は憎からず想われていた、なんて都合の良いことはそれほどあるものではありませんが、自分が嫌いな相手が……自分のことを都合の良い人間だと思っていた場合は、果たしてどんな対策が取れるでしょうか。距離を置けばいいのだけれど、相手が不意をついて懐に飛び込んできたとしたら────
この物語の中での二人の関係性は、ひどく釣り合いが取れていない。
お互い様を是とするならば、作中の彼女たちの関係は正に「奉仕と搾取」である。
別に会いたいとも思っていない、なんなら二度と会いたくなかった相手が、意外な手土産を持って不意に訪ねてきた。その口車に乗せられるままに、彼女は過去の記憶までをも踏みにじられた。
実害は、無いのかもしれない。
しかし、埋もれた記憶を掘り返した挙げ句、さらに平静な現在にまで泥を浴びせてさも当然というような顔をされたら、果たして自分ならどう反応するだろうか。
魔法少女という架空の存在が、現実という今を浮き彫りにしてしまう……こんな卑怯で卑劣な所業は、私だったら許せないだろう。
こちらの作品、「涙賞」というのは些か角度違いかもしれませんが、「ひとひら」にするほどの業を背負っているわけでもない。天川賞の適応範囲の限界を感じた次第でもあります。この作品を選ぶことは決めておりましたが、どの賞に当てはめるか苦慮した作品でもありました。
【天川の涼風賞】
最後は、誰にもきっと覚えがある、そんな過去の自分に手を振るような作品。
◯ 風/紫月 文
まるで若い頃の自分の書いた文章を見ているような、そんな既視感とくすぐったさ。興味を持ってプロフィールを見たところ、学生さん、そして、気が向いた時に短編を、という書き方。
わかる~! そんな雰囲気がすごくよく表れてる文章、まさにそんな感じ。
歳を経るごとに落ち着きを増し、今ではかつてのやんちゃでわんぱくな姿はもうどこにも無い。しかし、それが大人になるということでもあるだろう。それを進歩できないのなら、社会からは失格の烙印を押されてしまうから。
でも、望んで手離したにせよ自然と消えていったにせよ、それは本当に要らないものだったのだろうか?
怖いものがなく、ただひたすらに息の続く限り駆け回った、かつての自分。
それが、今の自分に足りないものを持っていたということも、心の何処かで解っているのかもしれない。賢く物腰よく、けれど保守的で保身的。踏み出す勇気も、いつの間にか追憶の彼方に置き忘れてきてしまったのだろうか。
そらに舞い上がった風船は、手の届かなくなった過去の自分への餞か。
あるいは、まだやれる自分がいることの希望の証だろうか────。
以上、6作品を今回の企画で選ばせていただきました。
たくさんのご参加、誠にありがとうございました✨️
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