はじめに

 ◯ 二千文字作品に全力を尽くすということ


 折しも、『書く・読む』どちらのエネルギーも低下している頃に、半ば自分を鼓舞するつもりで始めた当企画でもあったのですが、寄せられた作品に目を通した瞬間、後悔が私を襲いました。

 恥を承知で告白すれば、短い作品だからなんとか読めるだろう、という打算もあったことは事実であり、作者様全員に謝罪しなければなりません。


 実際、偶然見かけた作品を読む場合は短いほうがとっつきやすく読みやすい、ということもあるのですが、殊私の場合は、ある程度作品の長さがあったほうがリラックスして読める、という特性もあったようです。今回、寄せられた作品に触れて初めてその事に気づきました。


 短い作品というのはその読みやすさに反して、どっぷり浸るために必要な作品へののようなものを必要としていることに気づいてしまいました。これは決して作品が浅いために浸れない、などということではありません。

 いつもの6000文字クラスの作品ならば、物語への没入と作品の長さが調和しており読んでいれば勝手に溶け合うような自然体で接することが出来ていました。


 しかし2000文字程度の掌編作品というのは、自然に任せていたら作品に没入し始める頃には読み終わってしまっているのです。

 本来なら作品から得られた感動を糧に次の作品に着手するはずが、瞬発力を生むために精神力を消耗し疲弊してから次の作品戦地に赴かねばならぬ、という……一種苦行にも似た読書になっていた面は否めません。

 肩の力を抜いた単なる読書ならそんな不埒な感情も浮かばなかったのでしょうが、感想を添えると宣言して読む立場である以上、流し読みするわけにも行きません。

 せっかく寄せていただいた作品に苦行などというのは失礼どころか冒涜であることは承知しております。この点につきましては、明らかに私の読む力不足の致すところでありました。皆様には、重ねて深くお詫び申し上げます。


 しかしながら、そんな難しい作品に向き合う中でもキラリと輝きを放つ作品というのは目に付くもので、いつもより少ない数ではありますが何作品か選ばせて頂きました。


 今回お寄せいただきました作品の多くはこれまでの作品群とは違い、常に心に在りてふとした時に何度も回想する、というほどの大きな質量を伴ってはいないのですが、一度ひとたび読み返すと忘れていた大切な何かを思い出したような安堵と一抹の罪悪感のようなものを感じさせる作品が多かったように思います。

 毎回、最終選考の前にもう一度ひととおり読み返すのですが、そこで新たな感慨と名残惜しさのような感情を励起する作品も少なからずありました。


 毎度述べさせていただいておりますが、私が重視する点の一つに『繰り返し読みに耐えうるか』というものがあります。

 所謂、オチを付けて楽しませるタイプの作品は、一度目はいいのですが二度目はネタが分かっている状態で読むというハンデも抱えてしまいます。短編や掌編は短い中で結論を出さねばならない(結論を出さずに開いたまま終わる作品もありますが……)という制約があるため、どうしてもオチを付けてシメるという手法に行きがちです。

 一方、感情を呼び起こす、物語で読ませるタイプの作品は二度目には新たな発見と感動が生まれたりもするものです。この少ない文字数の制約の中でそれを組み立てるのは容易ではないのでしょうが、今回の参加作品の中にはそれを見事に体現しているものもありました。


 今回の一応のテーマとして掲げさせていただいておりました『凝縮感』。


 文字数の縛りがあるため、自ずとそれは大きな物語や日々繰り返されている日常の一部分を切り取ったような体裁になるであろうことは、必然でもあります。しかしながら、短いからこそ鋭く心に切り込んでくる、短いからこそ出せる強さというものも存在していると思います。

 その小さな領域の中で、如何に背景に大きな物語の存在を思わせることが出来るか、人物の生きてきた歴史を感じさせることが出来るか、という挑戦でもあると思います。

 切り取られたほんの一場面の中に、連綿と続く未来を感じさせてくれるもの、生きてきた時間の重さを感じ取れる作品を、今回の企画に於いては選び出したつもりであります。


 私の瞬発力不足で取りこぼしてしまった良作もあると思います。

 短いからこそ、読み手に依って如何様にも受け取れる側面があるはずです。受賞作品発表の後には控室を設けますので、みな様が読んでみてこの作品を推したいというご意見もありましたら、ぜひ聞かせていただけると幸いです。


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