【天川賞受賞式】(第2回 短編で魅せる・読ませる)後半


 それでは、発表の後半に移りたいと思います。



 ずっしりと重い二作品の後は、爽快さの中にも重厚感のある、

 今までの天川賞には見られなかった、新たな境地。



【天川の翼賞】


 ◯ 桃花に誓う~鬼に拾われた桃太郎~  /  玖珂李奈 さま

 https://kakuyomu.jp/works/16817139556965881925


 古典文学を大胆に改変するというジャンルが世の中にはあるらしいのですが、恥ずかしながらそのような作品に触れる機会というのは私自身はまだありませんでした。

 こちらの作品は、その中の名作であり、私の新たな扉を開いてくれました。


 元となる素材として選ばれたのは、題名にもあるように『桃太郎』

 まぁ、この昔話を知らない人はいらっしゃらないでしょう。


 しかし、こちらの物語は……二時間映画の脚本にも匹敵するほどのポテンシャルを秘めていると、私は感じました。

 読めばわかる、非情に読みやすい文体で書かれておりますので、内容に関しては是非ご一読の程を。


 いつもの良作なら、登場人物に想いを馳せ心を奪われるという情動が多かったのですが、今回のこれは物語そのもの、舞台背景と設定の妙に心を掴まれました。

 「桃太郎」という誰もが知る昔話を、ここまで斬新で且つ興味深く、そして何より心を震わせる作品に再定義し仕立て上げた手腕と発想に、喝采を送りたい気分でした。


 既に、付けられた★の数は100を越えており、2022カクコン中間突破という実績もある作品ですので、読んだことのある方なら「今更」感さえあるかもしれません。しかし、それらを差し引いてでも推したくなる力強さをこの作品からは感じました。


 惜しむらくは………他の企画に向けて書かれた作品でもあり作者様御本人も仰っているように、途中がやや駆け足の展開になっているのです(文字数制限に合わせて端折ったと思われる跡が見受けられました)。映像化の際には、ぜひこの部分を丁寧に膨らませてほしいと願っております✨️✨


 しかし、それでも各シーンの描写は充分で、むしろ語り尽くされていない分、物語に描かれない部分でどんな経緯や出来事があったのか……読み手の私が想像せずにいられないほどの臨場感と設定でした。

 個人的には────桃太郎が死の床の鬼父から刀と意思を受け継ぐシーンとかがあったりすると、より熱く滾ります✨️




 続きましては、こちらの賞の発表に移りたいと思います………。



【天川の涙賞】


 ◯ 賽銭泥棒  /  縦縞ヨリ さま

 https://kakuyomu.jp/works/16818093080100516253



 自分の大好きなことが仕事にできたなら、どんなに素晴らしいだろう?

 誰しも一度は夢見ることだろうか。

 好きなことをやってお金がもらえるなら、こんな楽で幸せなことはない、と。


 しかし、現実はそう甘くはない。


 同じようなことを考えるやつは、世間にゴマンといる。

 それが、注目を浴びる舞台であったなら、なおさらだ。


 人を笑わせるのが好きだった────


 男はいつしか、自分がになれると信じて疑わなくなっていた。

 しかし、結果の伴わない毎日。

 そんな筈はない、こんな筈じゃなかった………。


 ずれていく理想、狂っていく日常────

 やがて男は、道を踏み外していくことになる。


 …………………


 理想を思えばきりがなく、下を見てもきりがない。

 いつしか人は、自分の器を自覚し分相応というところに落ち着いていく。

 しかし、それは妥協の産物なのだろうか?

 そして、それは恥ずかしいことなのだろうか?


 等身大の自分と向き合った時、

 ほんとうに求めていたことは、案外身近にあったと気づくのかもしれない。

 そして、原点を振り返った時………

 そこには誰もが持っている、帰りたい場所がある。



 なぜか、カクヨムを始めたばかりの自分と重なり、最初は自分も荒唐無稽な夢を追っていたのを恥ずかしく思い出しました。

 

 『人気作家になって夢の印税生活!』

 ────そんなものにはなれないということを、

 今………身を持って実感しています✨️





 ◯ もし金持ちのデブが、どれだけ食べても太らない能力を手に入れたら

                         / ツネキチ さま

 https://kakuyomu.jp/works/16817330665976154022



 【涙賞】二作目はこちら。タイトルだけ見たら、「おぉ!?」と思うことでしょう。

 今までの天川賞には無いタイプの作品ですからね。実際、私は長いタイトルの作品ってそれだけで敬遠していたんです。企画でなければきっと読むことは無かったでしょう。そう思うと………この作品が企画に参加してくれたことを、感謝せずにはいられません。

 今回の参加作品の中でもっとも印象深かった作品が、この物語でした。


 長いタイトルというのは、それだけで内容がある程度理解できてしまうのが大きなメリットですね(←あたりまえだ)

 それによると……彼はいくら食べても太らない能力を手に入れたらしいのですが、それで一体、何が引き起こされるのか全然わかりませんよね。ちなみに、この作品のジャンルは現代ファンタジーです。と言っても、ファンタジー要素は前述の能力ただ一点のみ。

 つまり、都合のいい設定のあふれる異世界ではなく現実世界なのです。


 現実世界………すなわちのです。


 いくら食べても太らない、では………その食べた物のカロリーはどこへ消えたのでしょう? いえ、消えるはずがないのです。繰り返しになりますが、作中の舞台は現実世界、前述の法則の支配下なのですから。


 回心えしんともいうべき天啓に似た決意を秘め、

 ついに彼の行動は精神の限界をも超え始めます────


 どこまでもギャグかと思っていると、あなたもきっと顎を打ち抜かれます。

 エンタメテイストの軽妙な語りと会話で構成されており、物語の面白さの陰に隠れて目立ちませんが、その文章の組み立てと構成は最小限にして充分。シンプルなのに不足が全く無い、お手本のような文体。

 「読みやすいとはこういうことさ」と彼にニヒルに言われたなら惚れてまうこと間違い無しの筆致の巧みさも、縁の下で作品を支えております。


 私は、この作品で感動の最高点ともいうべき『泣き笑い』を引き出されました。彼の決意は本物なのです。アホみたいな事してるように見えて、彼は命をかけて命に向き合っているのです。


「────ありがとうって、言われたんだ」


 人は、言葉で人を呪う。

 そしてその呪いはどこまでも伝染する。

 彼が立ち向かった呪いは、私たちが見て見ぬふりをしてきた、人類の負債……。

 呪いを解く為の唯一の方法、それは謝罪でも報復でもない。

 感謝────。


 先の作品に出てきた、犯罪者との明確な違いが彼にはあります。それが『人の縁』。

 彼には親の愛も恋人の愛もありませんでしたが、打算の無い潔癖で『見守ってくれる人』という縁に恵まれていました。竹村の存在が、この物語をいっそう温かいものにしてくれました。


 なぜ、この作品が【翼賞】でも【涼風賞】でも【夕餉賞】でもなく……【涙賞】なのか。

 あなたもぜひ読んで、その意味を自身に問いかけて欲しい。

 天川賞の新たな方向性を示してくださったともいうべき、扉が開かれたのを私はこの作品で感じました。




 ◯ 空のひれ  /  朝吹 さま

 https://kakuyomu.jp/works/16817330647791122958



 【涙賞】三作目はこちら。


 冒頭から、緻密に織り込まれた描写に脳内が美しい情景で満たされます。

 桃色天蓋、桜の木………。


 しかし、

『────戦争に行った男の人の穴埋めに工場や市の中心部で労働をしていた』

 先程まで想像していた桜の印象が、一瞬で反転されます。


 桜の色は報國の色。

 空の青は……標的がよく見えますよ──


 どこまでも美しく残酷につづられた情景に、かつての華やかなりし時を思い、やがて再会する懐かしい顔に手を振ったなら……。


 あなたの心は、彼岸に還ることでしょう。


 以前にも、この作者様の別の戦記物語を拝見したのですが、その時は企画外だったため賞も進呈できず口惜しい気持ちを抱えていました。

 その以前には、最後まで悩んだ挙げ句、選から外し……その上でなお諦めきれずに【宿題再提出】というみっともない真似までしてしまいました。

 今再び、作品を携えて私に向き合ってくださった作者様──報いる時はここしかない。


 今度こそ後悔しない……!


 作品の内容的にもやや重く、決して万人受けのする物語ではないかもしれませんが、………美しさと残酷さと儚さを同居させるこの筆致、物語から受ける情動は極上、この結晶ともいうべき作品に報いず大衆一般ウケに忖度して────何が天川賞か!? と自らを叱咤し選出いたしました。


 この選は、この時代このフィールドで重厚な戦争記をいくつも綴って下さった作者様への敬意そして、私の決意の表れでもあります。

 




 続いては、嬉しいこちらの賞の該当作……



【天川の夕餉ゆうげ賞】


 ◯ 鈴蘭記念日  /  佐倉島こみかん さま

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054919236841



 冒頭から結末に至るまで、食卓のある一室でのみ物語は展開いたします。

 夫のために、縒りをかけて用意された彩り豊かな料理の数々。

 妻の想いが具現化されたような情景。


 飾られた花は、今日のために花屋で購入した『鈴蘭の花』

 美しき描写、二人の過ごす時間の中で澱のように少しずつ溜まっていく────。


 ちょっとした知識や教養があると、それだけで物語の深みがぐっと増す、各所に散りばめられた伏線と暗喩。

 一つ一つの背景と、夫と妻の仕草の描写。

 それらがどれも渾然一体となって、しかも無駄がない。


 より細部にわたって神経の行き届いた、鑑のような文章の組み立てに……

 私は、少し寒気を覚えた気がいたしました。

 

 …………………


 実は………。


 偶然ではありますが、ちょうどこの作品を読み始めた時、別な人の賞企画の最終選考作品も並行して観賞させていただいておりまして………私、その時に先入観的な勘違いをしてしまっていたんです。

 その別企画というのが………泣く子も黙る某氏(すみません💦)の企画だったこともあり……ちょっと表現的に不適切かもしれませんが「いいなぁ……」と。「やっぱり他所様の企画の参加者はレベル高いなぁ……」「あたしの企画にもいずれこういう作品が応募してくれるようになれば───」

 などと、本作をそっちの企画の作品だと思いこんでいたのです……。

 企画主様のレベルの高さが参加作品にまで波及している様をみせつけられ……ため息をついたり憧れを持ったりしていたのです。


 読み終わってから、「……あれ、コレあたしの企画の方の作品だった💦」ということに気づき……w。

(後々読み直してみたら、そちらの企画にも別な作品を出展なさっていたので名前を見て勘違いしたのかも……という言い訳を💦)

 作中の夫よりも酷いすれ違いを起こしておりました💦

 作者さま、企画主様、関係者の皆様、本当に申し訳ありません✨️




【天川の涼風賞】


 ◯ パンドラの匣(短編集)  /  ちくわ天。 さま

https://kakuyomu.jp/works/16817330661150517229



 なぜ、【涼風賞】なのか────?


 本作を読んだ多くの人が、首を傾げるのかもしれない。

 斯く云う、選んだ私本人も……これは涼風ではないだろう、と躊躇する気持ちが拭いきれない。しかし一方で、この作品がひどく心惹かれるものであることも間違いのない事実なのだ。


 短編作品というのは、明確な意図が無い限り「下を向いたまま終わる」という幕の閉じ方はしないだろう。

 そんな中、この短編集は収録されている作品の多くが────語弊があるかもしれないが……「孤独と哀切」を投げかけられたまま終わっているのである。

 しかし、そこには暗いながらもどこか共感を呼ぶものが静かに力強くまとわりついてくる。作者様の心境のようなものが乗り移ったかのような空気感は……同じ立場の読み手が手にしたならそれは、他には無い……溶け合うような寄り添いとして受け取る事ができるだろう。或いは、幸せの絶頂にある人が読むには……少々辛いかもしれない。


 だが、一方で……作品の根底に流れているのは、希望を見ている……求めているという一貫したテーマ。


 作者自身による、

 作品に添えられたメッセージは『希望を捨てたい全ての人へ』である。


 そして……それにも関わらず、多くの読者による寄せられたレビューコメントは『上を向いて歩いていこう』という内容のものなのである。


 私自身、この息苦しい霧の立ち込めたような作風の中にも、どこか希望を捨てていない兆しのようなものを常に感じていた。

 野暮やぼを承知で言わせてもらうと、作者だってそれを捨ててはいないはずなのだ。

 言葉少なに、私のコメントに返信をくださった、その言葉の端々からも……それを感じとる事ができた。


 パンドラの罪に関しては、言わずもがなである。


 私は、敢えて……

 かの名著「夜と霧」(ヴィクトール・フランクル)をひとつのアンサーとして提示したい。

 語るまでもなく、あの地獄を生き延びた人からの言葉である。


 苦しみの軽重で計れば、現代人のそれは鼻で笑える程度のものなのかもしれない。

 しかし、それは無意味な比較でもある。

 

 苦しみとは、どこまでいっても主観なのである。


 誰かと比べて……お前のそれは大したことがない、などと無思慮に言えることではない。この短編作中の人物たちは、その誰もが狭い世界の中で、もがきながら今日という日を生きている。

 そこに、違いなどあろうはずがないのだ。

 そして、仮に……それでも我々の苦難がフランクルのそれと比べて見るべくもない軽いものだと言えるなら……。

 それでも『人生に「YES」と云おう』という彼の言葉が、我々が受け取らない訳にはいかない言葉となるのも必然である。


 尻を叩き上げるようなものではない、いつか立ち上がれるその日が来るまで……。

 この物語は、あなたの心を励まし寄り添い……そして、いつの日か涼風となってくれるであろう。





【天川のひとひら】


 今回の企画中には、こちらに該当する作品は無いだろうと、私もひと安心しておりましたが……

 私の肩を叩く、深淵に触れるものが在りました。それも三作品も………。


 すでに、粘着的コメントが作者様には送られていることと存じます。

 本当に申し訳ありません。


 いつにも増して、コメントが長くなってしまいましたので、別途『読書感想文』は書き起こさず記述済みのコメントのみにて感想と替えさせていただきます。


 また、以下の作品について非常に誤解を招くような推薦の仕方をすることを、作者さまに深くお詫びいたします。作品の価値を貶めたり非難したりする意図は全く無く、私の心の内を紐解いてくれた、いわばであることをここに明言いたします。



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 これ以降の記述に関連し、私の内面開示が含まれる部分がございます。

 以下に紹介する作品に添えられた私のコメントでは、内容的に非常にパーソナルな部分に踏み込む恐れがございます。最早もはや、企画とは乖離した感想になってしまっている恐れもあります。

 お目汚し、もしくは気分を害される場合も考えられますので、リンク先を辿ってコメントを閲覧する場合はご注意ください。心理的に違和感を感じた場合は、すぐにブラウザバック、閲覧の中止をすることをおすすめいたします。

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 過去のつらい出来事などを称して「トラウマ」ということがありますが、「あたしそれがトラウマなんよ~♪」などと他人に気軽に話せるようなものは、断じてトラウマではない。

 心的外傷トラウマとは、他人に話すことさえ出来ない、言語化困難な心理的『しこり』のことである。それは、具体的に自ら言葉にして発することができるものでは到底無く、それを開示する数少ない方法のひとつが……、「これがわたしです」と申告すること────それが精一杯なのである。




 ◯ 他人を愛せなんていわないで  /  間川 レイ さま

 https://kakuyomu.jp/works/16818093079309125057


 ◯ 水槽姫  /  海 さま

 https://kakuyomu.jp/works/16818023212096426184


 ◯ Under the spotlight  /  海 さま

 https://kakuyomu.jp/works/16818093080758982179



 対象作品には、すでにコメントで感想が添えられております。

 作中の描写が、私の内面に刻まれた傷を思い出させ、そして前を向かせてくれる手助けとなってくれました。


 私を見つけてくださって、ほんとうにありがとうございます✨️

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