第2話 カビたパンとヤギのミルク

鳥の鳴き声が耳障りよく響いていた。


「、、、っ、、、!!」


ぼんやりとした視界が知らない天井を映している事に気付いて、少年は飛び起きた。


知らないのは、天井だけではない。


(あの日は、休みで散策中に子ども助けて崖から、、気付いたら知らない木に囲まれてて、、)


思い返して彼は、身震いした。


(そうだ、、奴隷として連れ去られて、、)


自身の膝へ視線を落としぎゅっと目を閉じ、再度見開く。


「っここは、、」


辺りを見渡し、物が乱雑に散らばる室内。

生活感は、溢れている。


(一体どんな人が、、)


ふと、ひっそり置かれたガラス扉の食器棚に目を止めた。


「なっ、え、、俺、、」


唖然とした己の顔を暫く見つめていると、ガチャっと背後の扉が開く音がした。


「あら、お寝坊さんね」


掠れた少し高い声に振り返る。


そこには、美しい銀髪を結わえた50歳くらいの女性が自分を見て微笑んでいた。


彼女は少し大振りの外套を脱いで、向かいのソファーに座る。


「あの、お、僕は、、一体」


「そうね、、」


彼女は少年を連れてくるに至った経緯を説明する。


「たまたま入ったトリオスの森で倒れている貴方を見付けて、連れ帰ったのよ」


「とりおすのもり??」


ピンと来ないといった風な少年の口振りに、彼女は問いかけた。


「貴方、お名前は?」


「黒、、っ、、、」


何かを話しかけたと思うと、少年は口をモゴモゴと動かすばかりだ。


「、、、すみません、言えないみたいです」


(あの酷い場所でもそうだった、名前が言えない?)


少年は、申し訳なさそうに下を向く。


「解ったわ、、、私はルーニィっていうの」


そう言って彼女は、続けた。


「貴方は、何故あんなところで?」


「あ、、えと、、自分でもよく解ってなくて、、」


少年は、彼女へ分かる範囲で伝えた。


気付いたら知らない森に居た事、奴隷として連れ去られて危うく逃げ出した事。


「夢中で歩いてて、それで倒れたんだと思います」


彼女は、静かに「そう」と目を伏せた。


少年は、改めて向き直り深く頭を下げる。


「助けて頂いてほんとにありがとうございます」

「良いのよ、、」


(名も言えず、トリオスの森も知らない?、、)


彼女は、考える素振りをして少年を見つめた。


それに堪えかねた少年は、更にうつ向く。

はっとあることに気付いて勢い良く立ち上がった。


「あの!、、ソファー汚してすみません」


自分がどんな格好で座っていたのかが視界に入ったからだ。


彼女は、勢いにびっくりしながら「構わないわ」と、うっすら皺の入った口元を柔らかくして微笑んだ。


「貴方、、おそらく奴隷窟から逃げて来たのでしょう?」


問いかけに少年は、顔を上げる。


「奴隷窟?、、はい、多分」


「なら、、まだ追手がいる可能性があるわね」


その言葉に、少年は、青ざめた。

自分が受けた仕打ちを思い出したのだ。


(早く逃げないと、この人までひどい目に)


「っ!!、、僕、もう行きま」


「待ってちょうだい、、大丈夫よ」


扉を出ようとした少年に彼女は、そう言って唇の真ん中に人差し指を立てた。


(静かにって事かな?)


少年は、立ち止まって口を閉じる。


食器棚脇の小窓に、小鳥がやって来て窓ガラスをコツコツとつついている。


『そう、ありがとう』


彼女は、小鳥をチラッと見たあとでゆっくり口を開いた。


「、、もう少し、ここに居てはどうかしら?」


「、、、え?」


「その様子では、行く宛もないでしょうし、それに、」


ぐぐぅぅううううっっ、、。


少年のお腹がこの世の物と思えない音を出した。

慌てて彼は、お腹を抑える。


「、、ふふ、お腹も空いてるでしょう?」


ルーニィは、立ち上がり食器棚の横の棚におもむろに手を入れてパンとビンを取り出す。


「と言っても、、これくらいしか、、、」


黒いカビの生えたパンとヤギのミルク瓶が置き場の無いはずのテーブルにかさりと置かれた。


(、、これは、食べて大丈夫なのか!?)


少年は、彼女をチラッと見たあと出された物を凝視した。


(と言うか、、この人は、一体どんな生活を、、)


彼は、ぐっと唇を噛み締めたあとで意を決したように切り出す。


「あの、置いて頂けるなら、、家事を任せてもらえませんか?」


散らかった部屋を見渡して、真剣な表情で訴えた。


「あら、まだ幼く見えるのだけど?」


「大丈夫です!」


(ここにくる前は、一人暮らしだったし出来るはず、、いや、やらないと、、)


力強い返答に彼女は、瞬きしながら「お願いするわ」と優しく笑うのだった。


出自を話せない少年と年嵩の女性との不思議な共同生活が始まる。


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