夜行性の生き物3匹

 歩く事二十分、第九学区から第五学区の中心に位置する白桜高校へ向かう二人。

 大通りを抜けると、そこには壮観とも言える門構えが見えてくるのだった。

 「流石にマンモス校ともなると面構えも違ぇんだな」

 「まぁ言っちゃなんだが、学園都市の顔だしな〜見栄くらいはちゃんとしないと」

 締まり切った校門の前に、女学生が一人佇んでいた。国上の「ゲッ」という声が聞こえてきそうな、バツが悪いと言わんばかりの表情を見て、少し身構える。

 「上坂先輩なんで居るんすか、先に帰ったかと思いましたよ」

 「君は、私が、君と私の恩人に、礼もないまま帰るなどと、そぉんな無礼なことをすると思ったのかなぁ?」

 その女学生は、肩にかかるかかからないかという長さの艶のある黒髪が印象的だった。少し目つきは悪いが、それを補って尚余る程、整った顔立ちで、人を揶揄うような笑みを浮かべている。

 「なんだこの美人は!?彼女か!?羨ましいなクソ!」

 「やめろ星下!そういうのじゃねェ!」

 「君は随分嬉しい事を言ってくれるんだねぇ。その言葉ありがたく頂戴しておくよ」

 ニコリ、と影司に笑いかける上坂先輩。彼女は普段、滅多に笑顔を見せないが故に、その破壊力は十分に知れ渡っている。並の思春期男子高校生なら、その笑みを向けられた時点でころりと堕ちてしまうだろう。それが日の下であるなら女子生徒も例外ではない程、上坂先輩の稀に魅せる、輝やきを伴う笑顔は凶器なのだ。恐らく、本人もそれを理解して利用している。

 「そういうの……とは、先輩に向かって失礼だね国上クン。今回の事、事細かく先生方に報告してしまおうか?国上くんのミスで、目標達成はおろか一般人を巻き込みかけました……とね?」

 全身の毛穴がぶわりと逆立つ。影司に向けられた笑みと、そう変わりは無いはずなのだが、どうにも怖い。崖淵から、そこのない暗闇を覗き込んでいるような気分になる。

 「スミマセンデシタ」

 「よろしい、貸し一つだ。星下君に感謝したまえ」

 恐ろしい時間だった。しかし、影司に感謝というのは正しくそうかもしれない。コイツが居なければ、今頃俺は病院送り。その上、治療やらで碌な夏休みは過ごせなかっただろう。

 上坂先輩は、事後処理及び、再発防止の反省文提出等で書類に埋もれていた事だ。素直に感謝を口にしておくことにした。

 「助かったよ。ありがとう」

 「お前に真面目にされるとなんかキショい。それに、そんなつもりじゃなかったし、本当についでだから気にすんなよ」

 上坂先輩はうんうんと頷いている。何がそんなによかったのかはわからないが、満足気な顔をしていた。

 「そういえば、自己紹介がまだだったね。上坂光海理うえさかひかり、三年生だ。機会があれば、白桜ウチのラボに来るといい。君には訊きたい事が山ほどある」

 「海生高校二年、星下影司、よろしくお願いします」

 一通り話し終え、校内に入ろうとする国上を止める様に光海理が、もう一度口を開く。

 「今回の報告書は帰ってゆっくり認めるといい」

 と、言うと鞄から、書類を取り出し国上に手渡す。

 「ありがとうございます。ここから校舎までそこそこ遠いんで助かりました」

 「なぁに気にすることはない、こっちの方が効率が良かっただけさ。それはそうと君たち晩御飯は済ませたのかな?お礼も兼ねて、よければ私がご馳走するよ。何か食べたいものは?」

 光海理の突然の提案に面喰らう二人。

 「俺はまだですけど、影司は?」

 「俺もまだ。でも、そこまでしてもらう程の事じゃないっすよ?ほんとついでだったんで」

 ふむ、と少し考え込む光海理。

 「わかった。ではこれから君を質問責めにする報酬だとでも考えてくれ。それに……君も訊きたい事が、色々できたんじゃないのかな?」

 ……それはそうだ。あの路地での事が、頭の片隅でチラついて落ち着かない。

 それに、国上が彼女の事を、若干苦手そうにしている理由が、なんとなくわかった気がする。少しずつ少しづつ逃げ道を塞さがれる感覚。獲物に巻きついて離さない、蛇の様な人なのかもしれない、と観念し、大人しく好意に甘える事にした。

 「ん、わかりました」

 と答えると、手のひらを叩きながら楽しそうに話を進める光海理。

 「決まりだねぇ、何か食べたいものは?」

 「特にないっすね、国上は?」

 「んー……俺も特にない。先輩にお任せします」

 「では、中華にしよう!ちょうどいい店が近くにある」

 光海理の提案で、近くの中華料理屋に向かう事になった。

 ……先輩の隣を歩いて気がついた事がある。上坂先輩はとにかくデカい。身長は勿論胸元などもかなりのサイズ感がある。国上の身長よりは小さいが、それでもかなりの高身長だろう。女性に身体的な事を質問をするのは、マナー違反な気がして、それとなく国上に身長を尋ねてみる。

 「国上、お前身長ってどれぐらいある?」

 彼は少し面食らったようだったがすぐに答えた。

 「確か……百七十四センチだったかな。それがどうかしたか?」

 「なんとなく気になっただけだから、深く考えくていい」

 なるほど、国上と鼻二つ分ほど、差がある事を考慮すると、上坂先輩はおそらく百七十センチ位だろうと予想をたて一人納得する。

 「そういうお前は何センチなんだよ」

 「百七十二センチ」

 「うっし、俺の勝ち」

 「君たちは実に楽しそうで羨ましいねぇ」

 満足そうな顔でニヤついている国上に呆れていると、目的の店に到着した。

 第五学区端にある国士無双中華飯店、店内には学生がちらほらと見かけられる。安い、美味い、多い、と学生の味方の様な店である。そんな、三拍子揃った名店で、根強い人気のこの店も、二十一時を過ぎると店内は比較的落ち着くらしい。

 「らっしゃい!」と威勢のいい親父さんの挨拶と共に席に着く。光海理と対面に座る国上の隣に影司は落ち着いた。

 昔ながらの町中華という雰囲気と、本格的な中華の雰囲気が混在する奇妙な空間に、パラパラとメニューを捲る音は幾らか馴染んでいる気がする。

 「此処は初めてかな?星下君は」

 「そうっすね、なんかオススメとかあるんですか?」

 むむうと迷う様に国上と上坂先輩は二人で顔を見合わせている。

 「影司、ここは何を食べても美味いがマジで量が多い。俺は……一年の時に三品頼んで泣きを見た」

 と、遠い目をしながらメニューを差し出してくる国上。

 「私は決まっている。ゆっくり決めるといいよ」

 じゃあ、ラーメンと餃子にするかと心を決め二人に決まったことを伝える。店員さんを呼んだ。

 「ラーメンと炒飯、唐揚げと餃子と……海老のサラダに胡麻団子お願いします」

 「ラーメンと餃子のセットで!」

 「俺もそれで」

 「以上で大丈夫です」と伝えると店員さんは足速に厨房に戻って行った。

 気のせいだろうか、上坂先輩の注文だけすごく長かった気がする。そんなこんなで、談笑を交わすうちに料理は運ばれてきた。

 四人がけのテーブルに、所狭しと並べられる、主に上坂先輩の注文した料理たち。

 「「「いただきます」」」

 「君たちも好きにつまむといい」

 「とは言うんだけど毎回一人で平らげてません?」

 「君が食べないからじゃないか」

 「一人前で手一杯なんです!」

 と、それぞれ注文したものに手をつけ始めた。それぞれが八割がた食べ終えた頃、上坂先輩はそわそわと落ち着きがなくなってきた。

 「早速訊いてもいいかな、星下くん」

 「なんすか?」

 「君、何か武道の経験とかがあるのかな?」

 「んー……特にはないっすね。よく絡まれるし喧嘩は得意ですけど」

 「では名家の生まれだったり?」

 「よくある一般家庭だと思います。あ、でも母方の実家は寺……?神社だったかな……」

 「なるほどねぇ〜見えたのも干渉できるのも血筋の影響はあるかもしれないね」

 などと話しているうちに、皆の皿は空きはじめ、山の様に積まれていた光海理が注文した料理も残すところ胡麻団子のみとなっていた。

 二人も少し食べたものの、彼女が注文した料理はほとんど自分で平らげ、「物理的にどこに収まったんだ」という影司の疑問は視線となって現れていたが、国上は平常運転といった感じで話は進んでいく。

 「国上君はどう考える?」

 「そうだなぁ……今回は幽霊だったけど、あんまり取り乱してるって感じはしなかったな。もしかして、初めてじゃなかったか?」

 「初めてだよ!そもそも俺は自分の目で見た事しか信じねぇ。でも、母さんはそういうのは存在するって言ってたし、なんとなく居るのかもくらいには考えてた……いざ居るってわかると変な気分だけどな」

 「怖くなかったか?俺は初めて襲われた時……恐怖で動けなかった……」

 国上の顔が、一瞬曇る。遠い過去の悔恨を垣間見ているかのような暫しの沈黙。

 「んー?君は……」

 「もし、出会ったら、えいっ!てすればどうにかなるって母さんから聞いてたし、お前がなんとかしてくれたしな」

 と、えいっの部分で拳を突き出す影司を見て苦い笑みが溢れる二人。

 「じゃあ逆にキミから質問は?」

 いざ質問と言われると、訊きたい事が多すぎて考えが纏まらない。この先、必要な事はなんなのかを考え、真っ先に浮かんだのは、来年此処に入学してくる妹の事だった。

 「さっきみたいな奴は人を殺すんですか?」

 「ふむ、場合によるが…出現した超常現象の九割は人に危害を与えている」

 「無くす方法はないんですか?」

 「現時点ではない。今の私たちには対症療法しかできない、という訳さ。君は祓う事に興味があるのかな?」

 ずい、と顔を近づけてくる上坂先輩、少しどきまぎする心を抑えて話を続ける。

 「来年、妹が此処オルガノンに来ます。俺よりもずっと出来のいい、聡明な良い子です。だから……此処が安全な場所になるなら、兄として、俺に出来ることをしたい」

 国上はニヤニヤと笑っている。恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。という後悔と、本当は、誰にも悲しい思いをして欲しくない、という傲慢な決意表明だったのだ。

 「そういう事なら…影司、お前、白桜うちに来いよ」

 

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