ゴーストガーデニング

光明七夜

夏のはじまり

 「……鞄、忘れてきたわ。どーしよ」

 七月二十三日、午後七時十二分。茜色に染まる空、太陽が一日最後の仕事として、帰路につく人々の道を照らす中、国上晴臣くにがみはるおみは途方に暮れていた。

 幽霊や超常現象が、科学的に証明されてしまった現代に於いて、真っ先に必要とされたのはそれらを祓う存在だった。

 試験的学園都市——通称オルガノン、その第九学区の路地裏にて、幽霊の群れを祓うことが彼の目的だったのだが、早くも失敗に終わりかけていた。

 「先輩、白桜からここまでどれくらいかかります?」

 右耳のイヤホンからの返答を待つ。数秒の沈黙のうち、呆れ返った様な言葉と共に、淡々と事実のみが述べられた。

 「最速で十分だ。しかしその十分の間、私のナビ無しで君はどうするんだい?」

 「どうにか稼ぎますよ!この程度の奴なら死にやしないでしょ」

 「それには同感、君の事だし万が一は無いだろうが……これから始まる夏休みをまるまる潰す覚悟はあるのかな?」

 どう転んでも絶望的な状況の中、昼間の出来事を思い出した。

 いた、頼れそうな奴が一人。巻き込んでしまうことに多少の罪悪感を感じながら、チャットアプリを開き電話をかける。

 「もしもし!まだゲーセンいるか?カバン忘れてると思うんだけど、届けてくれませんか?至急急ぎで!」

 相手は少しめんどくさそうな態度を隠さずに返事をよこす。

 「今さっき帰ったと思ったら、忙しい奴だな。俺も今から出るところだし、ついでに届けてやるよ。場所は?」

 「チャットに送ってある!そう遠くないはずだからよろしく!ありがとう!」

 「おいまて、」

 どうやら届けてくれるらしい。やはり持つべきものは友に限る。とは言っても、出会いから四時間もたっていないのだが。

 「そろそろ親玉の登場だ。いや〜今回は早く帰れそうで私は嬉しいよ」

 右耳から能天気な声が聞こえてくるのだった。

 少し時は遡り、七月二十三日、午後二時。茹だるような暑さの中、お日様から隠れるように日陰を項垂れ歩く男が一人。涼を求めていつものゲームセンターに向かうのだった。

 午後二時過ぎ、何時もなら、この時間はアーケードゲームの音だけが響くこの場所も、今日この日からは賑わいを見せていた。

 なぜなら、夏休みが始まったからである。小学生から年齢のわからない高校生の様な奴まで多種多様にざわめきあっている。それにしても、思ったより騒がしさが勝っていた。

 「影にいちゃんきたよ〜」

 顔馴染みのガキどもに引っ張られ格闘ゲームコーナーに連れて行かれる。

 「そこまで急がんでもいいだろ」

 「それがさぁ!クッソつえー奴が来てんの!相手してやってよ!」

 なるほど、と思い反対側を覗き込む。そこには暗い赤を基調とした制服を着込み、学生とは思えないほど派手な髪色をした同年代ぐらいの男がそこにいた。

 第一印象は少し鼻につくモテそうな奴だった。派手な髪色をしているが顔つきとよくマッチしているし、髪色はチャラチャラとしたイメージがつきそうな物だが、品行方正さをどこか感じ取れる様だったからだ。

 それに加え、制服がどこに所属する物なのかを明白に表していた。

 「白桜の制服……エリート様がこんな一般学区で何してんだよ」

 「何って……暇つぶしだけど。そんな事より、お前強いんだってな?座りなよ」

 初対面なのに、随分と馴れ馴れしいな、と思いながら席に着く。

 「5先?10先?」

 筐体の向こうから声が聞こえる。

 「10で行こう」

 此処から先は、プレイヤーの実力でモノを語るしかない修羅の世界。小さな戦いはこのゲームセンターでのベストバウトとしてガキどもを中心に、長い間語られる事となる。

 試合運びは単純、時に複雑で美しい物だった。攻め、守り、奇策を弄しては躱し、一本を取り逃せば次の試合で取り返す。言葉は交わさないものの、切磋琢磨というのはこういうことなんだろうな、と両者考え勝負を進めていく。

 「すげー」

 という小中学生の驚嘆が響く頃、互いについて来れる者に熱くなりながら勝負は決した。

 「お前、強いな」

 悔しそうに返す、金髪の男。

 「クッソ、マジかよ!スコンクでボコボコにしてやるつもりだったんだけどな〜」

 「温室育ちっぽい割にはよく頑張ったんじゃねぇの?名前は?」

 煽りに煽りで返す。心地よいやりとりに自然に笑みが溢れる両者。

 「国上晴臣くにがみはるおみ、白桜高校二年。よろしくな」

 「星下影司ほしもとえいじ、海生高校二年。よろしく」

 二人は熱く握手を交わしたあと。少し休憩をして第二ラウンドに入るのだった。

 そんなこんなで「またやろう」と連絡先を交換し、日の落ち始める頃にその場は解散となった。

 それが二人の出会い。良くも悪くも腐れ縁となっていく。そして時はまた戻る。

 「君に、あの幽霊を斬り伏せるぐらいの技量があれば、話は単純なんだけどねぇ」

 右耳からナビゲートと小言が交互に飛び交いながら、ふよふよと命を狙ってくる幽霊を飛んだり跳ねたり躱したりしながら走り回っている。

 「それ!割と現代寄りでも沖田総司ぐらいの境地に達しないと難しいでしょうが!」

 「違う、渡辺綱の話をしている」

 「もっと遠くなった!」

 そんな軽口を交わしてはいたが、一生の不覚、ツッコミに気を取られて背を疎かにするとは。

 「この半透明の化け物……なに?」

 と呟きながら現れ、幽霊を殴って霧散させたこの男。星元影司の到着だった。

 「は?」

 「彼、見えてるし殴り飛ばしたね。驚きだ、どこで知り合ったのかな?」

 今まで優勢を保ち、戯れる様に動いていた幽霊達は、危機感からか、攻撃の速度をあげている。情報を処理する脳から困惑をひっぺがす様にイヤホンから声が聞こえる。

 「今ので一匹減った。残りは大きいの一匹と小さいのが四匹だ」

 ハッと我に返り、この状況を終わらせるべく行動を開始する。

 「鞄!寄越せ!早く!」

 「オーケー」

 投げて寄越される鞄を無造作に漁り、剣の柄を取り出す。

 「エーテル展開!波動は光に、光は剣に」

 唱えると、柄しかなかった鈍に光の刃が現れ、あたりを眩く照らし出す。

 「大きいのが飛んで逃げた」

 「わかった。纏めて斬り伏せる」

 地面を蹴り、壁を蹴り、空に舞い上がる。落ちざまに一直線に並んだところを一文字に霧散させる。

 すたり、と着地し胸を撫で下ろす。

 「マジで助かった。ありがとう」

 「他に説明することがあるだろうが」

 と軽く頭を叩かれた。それもそうだが今は休みたい気分だった。

 「白桜帰るから着いてこいよ」

 「めんどくせぇ〜」

 と影司は心底嫌そうな顔をしたが問答無用で引っ張られていくのだった。

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