夏の牧場

 私はただ眺めている。ずっと眺めている。もう何日も、この景色を見にここに通っている。私はただの物好きなのだろうか。こんなものを好んで見物に来るなど、正気の沙汰ではない。私の精神は安定しているのだろうか。私は自分がいつか襲われるのではないかと恐れている。だが、不思議と毎日ここへ通ってしまう。

 牛が食べられている。牛を食べる怪物がいるのだ。ここは岐阜県の牧場だ。牛が百頭くらいいる。その牛が怪物に少しずつ食べられていく。怪物は食べすぎることはしない。毎日、少しずつ牛を選び、食べていく。

 その怪物は牛よりも大きい。当然、私より大きい。私もいつ怪物に食べられるのかわからない。運よく私はまだ食べられない。これを見物するくらいの度胸は私にはある。私は、ただ牛が怪物に襲われる様子を見ようと、毎日、ここに通っているのだ。百頭の牛も、いつかはみんな食べられてしまうだろう。だが、まだ怪物は二割も牛を食べてはいない。牛よりも大きな怪物が牛を追いかけ、食らいつき、押し倒し、食べる。毎日だ。私はそれを見ている。

 牛たちもただ食べられるわけではない。牛も怪物に反撃する。牛には角がある。牛は怪物に向かい、角を立てて頭から突進して、怪物にぶち当たる。怪物はそれを受け止め、牛を押し倒す。牛は逃げる。怪物は気ままにそれを追う。そして、食欲がわいたら、牛を追いかけ、襲って食べる。

 牛の肉が一頭あれば、普通の獣なら数日分の食料になる。毎日狩る必要はない。この怪物もそのようだ。慌てて毎日狩ることはしない。だが、この怪物の巨大さはなんだ。牛よりも大きいのだ。こんな怪物がいては、夏の牧場も平和ではない。牧場主は、牛が全滅するかどうかをとても心配している。ものすごい大損害なんだそうだ。だが、牛より大きな怪物相手にどうしようもない。

 私は毎日、牛が食べられるのを見に来る。

 牛よ。怖いか。勝てるか。策はあるか。

 牛と怪物が戦う。牛は気付いているのだろうか。この怪物が遥か遠い異界からやって来たことに。我々地球の生物ではないことに気付いているのだろうか。

 牛は勇気がある。私は確かに見てきた。怪物に策を以て戦う牛たちを。

 百頭の牛の戦いを誰かが祝福でもしたのだろうか。一頭の牛が光に包まれ、光の牛の突進が怪物にぶち当たった。

 すごい。光輝く牛の突進を受け、怪物が少し後退したかのように見えた。だが、結局は、光輝いた牛も怪物に押し倒されて食われてしまった。

「今のは、私の知らないところで牛が光学兵器でも開発に成功したのかな」

 と、私が聞くと、

「いや、どうだろう。牛の神の祝福じゃないかな」

 と、牧場主が答えた。

 光の牛の出現の後も、怪物は牛に食らいついた。

 一頭、また一頭と牛がやられていく。

 もおおおう、もおおおう、と牛が鳴く。あれは牛と牛の相談かもしれない。牛たちは何を考えて生きているのか。ただで負ける牛たちでもあるまいに。せめて、怪物に一矢を報いねばならぬ。それがあの光の牛だったのだろうか。

 三ヶ月がたち、牛は八割ほど食われてしまった。私は毎日、牛が食べられるのを見に来ていた。

 牛たちはまだ戦った。勝ち目の見えぬ戦いだ。圧倒的強者に挑む戦い。あの怪物の存在の奥底にある異質さを牛たちは感じないのだろうか。私はあの怪物の異質さを感じて、恐れおののいている。

 牛が全滅したら、次にあの怪物は何を襲うのだろうか。人の街を襲うのだろうか。そうなったら、ただごとではすまない。

 牛を食べる異界からの来訪者。どうしたらよいのだろうか。私もそろそろ逃げる準備をするべきか。岐阜県からは離れた方がよさそうだ。どこまで逃げる。しかし、私の心には、怪物と戦った牛たちの勇気が刻まれている。戦おう。そうでなければ、牛たちの戦いを見ていた意味がないではないか。

 牛はあと三頭を残してやられてしまった。三頭の牛はまだ戦うつもりだ。この牧場の牛がもうすぐ全滅する。

 明日も牛が食べられるのを見に来るか。私は迷い出した。ここまで戦った牛たちを見てきたのなら、私も戦うべきではないのか。武器は何だ。

 次の日に、二頭目の牛もやられた。牛は再び光輝いたりしなかった。

 三日後に最後の牛が突進して押し倒された。そして、食べられた。牧場の牛は全滅した。怪物は、その後、どこへ行くのだろう。

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