ベベリッチの呪われた一族

 考古学者ベベリッチが命を狙われていると聞いたのは三ヶ月前だ。私はベベリッチの青ざめた表情を見た。私も人文科学者の末席に名を連ねる者。学問に打ち込むベベリッチが死ななければならないことには、とても憂慮を覚えた。考古学者ベベリッチは、政府によって研究を止められ、謎の政治集団に殺害予告を受けていた。

 考古学には、解き明かしてはいけない秘密があるのだ。ベベリッチは、岐阜県の考古学遺跡を調べていたが、そこで旧石器時代の算数について研究していた。ベベリッチは、旧石器時代の算数から、現代でも公開することのできないこの国の思想にたどり着き、その論文を執筆中に政治集団に命を狙われた。

 昔、私とラーメンを食べていた時に、ベベリッチはいっていた。ベベリッチは、少数民族の末裔であると。日本人じゃないのかとたずねると、長いこと日本にいたが、日本の主流民族とは異なる血統を維持してきたのだという。それはどういうことかとたずねると、ベベリッチは、自分たちは古代からずっと呪われつづけている一族なのだという。

 凄まじい秘密を聞いてしまったと当時の私は思った。また、そんな秘密を明かしてくれたベベリッチに友情を感じた。

 そのベベリッチが政府に殺されかけている。大丈夫だろうか。私も心配になる。この国の呪われた一族。その一族の男ががんばって学術界で研究者になり活動していたのに、考古学の研究が原因で、結局、命を狙われたのだ。おそらく、ベベリッチは考古学者になる時、その身元を政府に調査されたはずだ。そして、政府はベベリッチが呪われた一族の男だと知りながら、考古学者になることを許したのだ。それなのに、結局、このような事態になってしまうとは、とても残念でやるせない気持ちである。

 何か、ベベリッチに悪いところがあったのだろうか。私は政府にそれを確かめたかった。大学の教授に聞いてみたが、教授にもわからないということだった。私には思うところがあった。私はこの三ヶ月間、ベベリッチの呪われた一族について調べた。おそらく、ベベリッチの一族は、ガフバザール記録所に魂の登録がない。

 私は知っている。ガフバザール記録所は、人類のすべての魂を登録している。それは、この国だけでなく、世界すべての国の人の魂に及ぶ。国家に所属しない自由人もすべて、人類として生まれたら、ガフバザール記録所に魂の登録がされる。

 ベベリッチは、そのガフバザール記録所に魂の登録がされていないのだ。魂が実在するのかどうかについてはいろいろな議論があるだろう。魂を現代科学で説明すると何だということになるのか、それは私にはできない。人類が魂の実在を信じていた時代に作られたガフハザール記録所は、何かを根拠に人類すべての魂の登録をしている。ベベリッチはそれがされていないのだ。

 私はそのことをベベリッチに話した。ベベリッチは、

「私の一族が呪われていたのがそんな理由だったとは知らなかった。私の人生ではなく、人類の文化、人類の魂のすべてがバカらしい」

 といった。ベベリッチを殺そうとする刺客の手が迫っていた。

 いったいこれから何が起こるのか。ベベリッチが死んだ時に何が起こるのか。私には予想がつかない。

 ベベリッチは、自宅に滞在していたところに、来客があり、玄関に迎えに出たところ、その場で銃で撃たれた。救急車で病院に運ばれたが、即死で治療は間に合わなかったという。ベベリッチは、ガフバザール記録所に魂の登録がされないまま、死んでしまったのだ。

 それからなのだ。もっと忌まわしい出来事が起きたのはそれからなのだ。悔しいかな、ベベリッチの呪われた一族。彼らには彼らの存在根拠があるのだ。

 私は、ベベリッチの死体を見た。確かにベベリッチは死んでいた。ベベリッチは火葬され、この世界からいなくなった。ベベリッチはガフバザール記録所の案内する死後の世界には行かなかった。その代わり、恐ろしい存在のもとへ帰ったのだ。

 私はさらに見た。死んだベベリッチは、身体が火葬されたにも関わらず、再び、生前の身体を持つように生き返ったのだ。ベベリッチは蘇生した。

 何が起きたのだ。私は注意してさまざまなことを調べて確認した。そして、私は知った。ベベリッチを蘇生させたのは、外なる神である。

 蘇生したベベリッチは再び、考古学の研究を始めた。旧石器時代の算数の研究だ。あの男は外なる神に守護されているのだ。外なる神に身体を与えられて生き返ったのだ。ベベリッチの一族は、外なる神の記録所に魂の登録をされていたのだ。ベベリッチは我々とは異なる魂の根拠を持つ。ベベリッチの一族が外なる神によって創造された人間なのか、それとも、もともと我々と同じ人類だった人たちが外なる神に侵略されて魂の登録を奪われたのか、それは私にはわからない。

「私だって自分の魂のことなんか何も知らないさ。もし、きみのいうように、私の魂が外なる神の記録所に登録されているのならね。しかし、私は思うよ。私の魂が私の人生に何の関係があるのかってね」

 ベベリッチは不敵に笑った。ベベリッチは魂の存在やそれに関わる人類の文化をまったく信じていないのだ。誰かが悲しんでいるのか、雨が降り始めた。

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