第6話 やらせ配信者の悪行

 やらせ配信者はもっと悪足掻わるあがきがひどかった。車の中でやらせを自白したのに、なにもかもを人のせいにしまくった。まともに会話するのが面倒になるくらいだった。以下、読むのもダルいと思うが、読むことで最後が痛快になることもあるので助走だと言えなくもない。面倒ならここは飛ばして次を読んでもらって構わない。

「ネットの勘違いした客なんて実在するわけがないんだよ。あんなものは全部やらせだ。見る方だってそんなことは分かってる。使ったあとに交換しろとか、転売しておいて壊れたから代わりをよこせとか、そんな無茶苦茶な人間が本当にいるわけないだろ。あんなものは全部でっちあげだ。みんなリアルでは普通に常識的な生活をしてるんだよ」

「お前以外の配信者はやらせなんかしてないと思うぞ。どうしてみんなやってると思うんだ?」俺は丁寧に質問した。

「お前はそんな変なクレームを言う客を見たことがあるのか?」あるわけがないだろうという顔で男は言った。

 俺は縛られてコンクリートの上に転がっているその男の前にしゃがみ、その顔を見下ろした。「これまでも全部やらせだったんだな?」

「俺だけじゃない。みんなやらせだ。見てる奴だってそんなことは分かってて楽しんでるんだ」男は吐き捨てるように言った。「お前は馬鹿か?」

 地面に転がっていつでも殺せる男に罵倒されても腹は立たない。ただ、殺せるわけがないと思ってナメているんだとしたら読み違えている。まあ、こいつの顔色が変わるところはあとの楽しみにとっておこう。「まあ、俺は馬鹿だからな」

「全部やらせなんだよ。内輪うちわで楽しんでいるコンテンツだ」

「俺も“日本民度修正公社”の活動を支援しているが、俺はやらせなんかしてない」

 男は驚いて俺の顔をまじまじと見た。「そんな……馬鹿な……」

「ほかにやらせをしている奴らを知っているなら教えてくれ。協力者がいるんだろう?」

「誰が言うか」

「言ったらお前の命だけは助けてやる」

 男は静かになった。俺から視線を逸らし、床のコンクリートを見ている。

 俺はじっくりと待った。こういうときの5秒や10秒は長く感じるものだが、20秒は待ったと思う。それから俺はスマホで時刻を確認し、きっちり1分、待とうと思った。

 時間が経過しても男は協力者の名前を言わなかった。

「よし。配信者にやらせの仲間がいないことは分かった。だがそこの母子おやこはお前の仲間だな?」

「違う」

「その仲間を始末すれば、お前の命は助けてやる」俺は言った。

 殺し合いをさせるという当初の計画は変更だ。こいつにはとことん悪役になってもらうことにした。

 俺の言葉を聞いて女の方が体を震わせた。子供の方は意味が分かってなかった。

 女が言った。「助けて。お金が必要なの。もうしないから助けて」

 俺は倉庫の中にある武器を避け、10kgの肥料の袋の方に寄った。臭いのするそれを両手で持ち上げて男の方に戻り、そのそばに置いた。「撲殺ぼくさつとかさすがに無理だろう? こいつを頭の上に乗せてやれ。それで死ぬ」

 男はちらちらと肥料の袋を見た。

「やらせの仲間を裏切ればお前は勘弁してやる」

「やめてやめてやめて」女は言った。最初は大きい声だった。次第に口の中で独り言のような小さい声になっていった。やめてやめてやめて。

 俺はまた時間を与えた。

 男は女と子供と肥料の袋を交互に見ていた。しかし顔以外はまったく動かさなかった。

 しょうがないので俺は男を殴った。全力で殴ったので歯が折れて鼻血が吹き出た。

 そこでやっとのろのろと男は立ち上がった。俺はそいつの拘束を解いてやった。鼻血がボタボタとコンクリートに染みた。

「やめて。助けて」女は言った。身をよじり離れようとしていた。

「お母さん、どうしたの?」子供はまだ状況が分かっていなかった。

 男は肥料の袋を持ち上げた。

 女は両手を後ろ手に縛られていたが、逃げようと思えば立ち上がって走ることもできたはずだ。だがそういうことはしなかった。女はまた、大声で周囲に助けを呼ぶこともできたはずだ。だが、それもしなかった。

 この倉庫に入る前に、周囲に民家が何もないことは本人たちに確認させていた。一番近い家を差して、あそこは空き家だと教えていた。

 やらせ配信者は肥料を持ったまま、次に最低なセリフを言った。「素直に死ねば子供は助けてやる」

 女は横の子供を見た。妙にいい服を着た、5歳くらいの男の子だ。女が自分の命と子供の命を天秤にかけているのが分かった。聖母のように我が身を差し出すとはいかなかった。そりゃそうだ。命というものはそんな簡単に取引できるものではない。

 女はどうすべきか迷っていた。

 俺はもっと全体を見ていた。この報告書を読む人間も気づいていると思う。やらせ配信者が女に言ったことは、俺が男に言ったこととまったく同じだ。

 仲間を殺せばお前の命は助けてやる。

 この取引にどれだけの希望があるのか、俺には分からない。

 あと、この取引というのは俺の創作なので、俺が誘拐した4人をどうしたかは報告書と現実は全然違う。繰り返すが、いたぶったり絶望や希望を見せたり隠したりするのは俺の趣味ではない。俺は会話も無駄な苦痛もなく淡々と処理する。そのあと、報告書でスポンサーを満足させる。俺は自分で思っている。俺こそが本当のプロだ。

 女は最終的に自分の頭を差し出した。男はその上に肥料の袋をどさっと落とした。それだけで死ぬわけではないので、男は女の息の根を止めようと酷いことをした。

 それを目の当たりにして子供がやっと状況を理解した。「お母さーん」

 男は子供を蹴飛ばし、ボコボコにし、母親とどっちが先に死んだか分からないくらいに約束を反故ほごにした。最終的にそこに死体が2つ並んだ。

「なんてひどい奴なんだ」俺は言った。

 男は、「約束が違う」と言って命乞いした。

「お前はそうやって命乞いをする奴を助けたのか?」と俺は言った。北斗の拳のセリフだった。それから鬼滅の刃のセリフも借りた。「テメェの理屈は全部クソなんだよ」

「そんな……助けて」

「ボケ野郎がぁ」

 そうして俺はやらせ配信者の首を折った。いたぶってもよかったが、ここはサッパリやった方が満足度が高いだろうと思った。

 こんなクズならどの組織も同情しないはずだ。

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