第5話 喫煙者の悪行

 大阪の監禁場所はこの手の賞金でよく使われる場所だ。俺以外にも何人か共同使用者がいる。奈良にも和歌山にもこの手の場所はあって、できれば大阪よりそっちを使いたかったのだが、このような状況では仕方ない。

 俺は予約で埋まってないことを確認した。

 賞金首を何日も監禁して拷問するということは俺はやらない。報告書にはそういう風に書くこともあるが実際にはその日のうちに処分している。

 本当に監禁する奴もいる。そんなことをするのは趣味を兼ねている。いたぶるのが好きな異常者だ。何が楽しいのか知らないが録画して何日もかけて弱っていく賞金首を記録に残している。何が楽しいのか分からないがとにかく延々とそんなことを続けている。

 スポンサーはそういうのはあまり見たがらない。悪党が捨て台詞を言ったあとで正義の味方が後腐れなくバッサリ成敗するというのが好きだ。何日も生かしておくと、死んで当然と思っていてもだんだん可哀想になってしまう。結果として後味が悪くなる。そうすると賞金を気持ち良く払うことができなくなる。プロなら自分の趣味よりスポンサーの満足を優先すべきだ。異常拷問者にはファンクラブも発生するが、アンチも生まれがちで、結局、すぐに賞金がかかるのでしばらくすると市場から姿を消してしまう。何事も趣味と仕事を両立させるのは難しいということだ。続けたかったら目立たない方がいい。個性や趣味は邪魔だ。

 俺は目的地に着く前に何度も車を変えた。タクシーでの移動は目立ちすぎる。コンフォートからハイエース、ヴェゼル、プリウス、またハイエースと乗り換えて、最終的にノアで到着した。色々な都合もありSUVの利用が多かったが拉致監禁においてこの車種は一長一短がある。目立たないのはいい。しかし広い車内が人間の心の余裕を生んでしまう。そうするとおとなしく運ばれてくれなかったりする。車は監禁用で内側から開けられないと最初に説明してやる必要があった。それをすることで余計なトラブルを予防した。

 最後の車であるノアの中には結束バンドが用意されていた。これで拘束すれば車から下ろして運ぶ作業が簡単になる。

 俺は拘束した4人を倉庫に歩かせて、出入口を閉じて準備を整えた。大声を出したり暴れたりといった一通りの抵抗もしてきた。痛い目に遭うだけと分かるとおとなしくなった。

 16時を過ぎていたので今日のうちに片付けるなら急ぐ必要があった。事務的にとっとと処分した。報告書ではたっぷり時間をかけた風に書いた。

 喫煙首は煙草を吸いたがった。俺は駄目だと言ったが、ふざけんな、吸わせろ、イライラすんだよと猛抗議をしてきた上に、結局、俺がやめろと言うのも聞かずに勝手に吸い始めた。煙草をくわえるとうまそうにスパーっと煙を吐き、「あー、うめえ」と言った。

 俺が困惑していると、俺の目の前にやってきて、俺の顔に向かって煙を吐いた。「なんか文句あんのかよ」

「同じ部屋に子供もいるんですよ」俺は言った。

 男は威嚇するように「ああ?」と言って部屋の中を見回した。

 倉庫は大阪の田舎の農機具置き場で何年も放置されているプレハブだった。持ち主もとっくに処分されているが、いなくなったことがおおやけになるにはあと20年はかかる。ただ、共同で使っている場所はすぐにどっかの間抜けが雑なことをやってバレるので理想通りに何年も使えるということはない。中はでかい農機具とコンテナが入口からの視界を塞いでいる。奥で何かやっててもいきなり目撃されるということはない。

 誰も掃除などしないので全体が埃っぽい。肥料や農薬の袋が積まれたまま放置されている。天井近くまである棚には雑多に色々なものが並んでいる。その中には工具箱があり、巨大なペンチやスパナといったものがある。こういうところの品々は血だらけ指紋だらけなので俺は触らない。

 その奥の隠れた空間に女と子供が後ろ手に縛られて座っている。女の髪ま元々はセットされていたがいつのまにか乱れてボサボサになっていた。子供の方もわめくたびに殴られていたので顔の色がすごいことになっている。目とか鼻とか赤や紫が広がっていた。どっちも煙草の煙がどうとか関係ない状態になっていた。副流煙による健康被害より打撲による健康被害の方が重大な関心事項だ。

 煙草を吸ってた男は埃だらけの床に座っている女に近寄った。吸っていた煙草を口から出し、その火を女に向けた。「別に煙草なんて個人の自由だよなあ?」

 女は手を後ろに縛られ、顔を守れない状態のまま、首をぶんぶんと縦に振った。

 男はその顔を見ながら煙草を咥え、うまそうにスパーっと煙を吐いた。

 全員拘束されていて、そもそも加熱式煙草なのに火を向けるとかおかしいなどというツッコミは無粋である。報告書には、このあと、男が女に顔に煙草の火を押しつけるところと、焼かれた女が悲鳴を上げるところも書いた。ここまで書けば、喫煙活動自由化団体『フリースモーク』も擁護することはない。喫煙自由化以前の人間性の問題だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る