第4話 阪奈道路を西へゆけ

 中に入ると、レジの中で固まってる店長に向かって言った。「すいません。あの男は連れ出します。お金は払います」

 男はカップ麺の山から抜け出して、少し離れた床の上に尻をついていた。背中を棚に預けている。

「よしよし。大丈夫か? 医者に連れていってやる」俺は男の無事な方の肩を叩いた。

 叩かれた男の方は俺の顔を見た。脱臼の苦痛が表情に出ている。怒りの感情はない。脳震盪のうしんとうのせいもあってか、どこか焦点が合ってない目をしている。俺の顔の後ろの天井を見ている。

 立たせる前に男の迷彩柄のショルダーバッグを掴んだ。ジッパーを開けて中身を確認した。ちゃんと赤い財布が入っている。最近は所持している現金が少ない奴が増えたので心配だった。俺は千円札を一枚取った。財布そのものは俺のポケットに入れた。ショルダーバッグの口を閉める。それからやっと腕を取って肩を貸し、男を立たせた。

 いててててと男はうめいた。反対の腕をだらんと下げている。

 店内にいた客のおばさん二人はこっちをじっと見ていた。見るだけでそれ以上の行動はしてこない。会話もしていない。俺が店から出たあとであれこれ言うつもりだろう。

 店長とバイト2人はレジの中で突っ立っている。反応できていない。

 俺はレジのカウンターの上に男の千円札を置いた。「すいません。店を散らかしてしまって。これは迷惑料とうまい棒の代金です。千円じゃ足りないと思いますが、現金を持ち合わせてなくて」それからちょっとわざとらしく肩に担いだ男に、「おい、しっかりしろ」と声をかけた。

 店長は条件反射のように、「いえいえ、ありがとうございました」と礼を口にした。

 俺は失礼しますと言って、男の腕を自分の肩にまわした状態でローソンを出た。

 店の外、バスロータリーの中ではまあまあの注目を集めていた。数人が足を止めてこちらを見ている。野次馬が増えると、周囲の人も何事かと思って足を止めるのでそこからはどんどん視線が増えてしまう。

 俺はタクシーの助手席を開けさせて盗撮男を放り込むと、3人のうち1人は子供とはいえかなり狭くなっている後部座席に無理矢理乗り込んだ。

 タクシーの運転手は、そりゃ無茶だよ、定員は私を入れて5人だよ、子供がいても無理だよ、と言ってきたので、「そうか」と俺は言った。

「俺は乗りません。行き先を教えるので俺を抜きでそっちに行ってもらえますか?」

 それなら構わないよと運転手は言った。俺はタクシーから出た。歩道から車道に下り、運転席側にまわる。スマホを出して地図アプリを開いた。

 腰をかがめて運転席の窓越しにスマホを見せる。「目的地はここです」と言った。

 運転手は窓を下ろした。んー、どこだい?

 すでに周りから注目されている上に、タクシーというのは車内も車外もカメラだらけなので、隠密行動は諦めていた。タクシーのドライブレコーダーは中身がリアルタイムに本部に送信される。レコーダーを壊しても意味がない。

 とはいえ、この事件にはオチがついて俺が捕まることはなかった。オチを引っぱってもいいが、ここで種明かしをすると、奈良県警は無能な上に安倍晋三暗殺に夢中になってて他のことに手が回らなかったのである。あんなもん、事件の1分後には解決していてそれ以上の捜査は時間の無駄だった。県警がそういう判断をしなかったのは俺にとってはラッキーだった。日本においても未曾有みぞうのテロ事件であるから、適切な対応ができなかった奈良県警を責めるのも可哀想なので、優しい目で見て欲しい。責めるのは路上喫煙者と“ヤラセ”のカスハラ配信者だけで充分だ。暗殺犯はどうでもいいがこいつらは万死に値する。

 俺は開いた窓からタクシーの運転手を排除すると、自分でハンドルを握ってアクセルを踏んだ。

 今回の車はコンフォートか。俺は思った。奈良公園の鹿に4人を食わせるというのも面白そうだが実際にやるとなると色々めんどくさい。監禁場所で心当たりは大阪にしかない。俺は高速を使わずに下道したみちで大阪へと向かった。

 奈良駅前から大阪へは1回曲がったらあとはほぼ道なりだ。

 タクシーの静音はよく、ドライブはスムーズだった。

 しばらく無音が続いた。

 参考まで、移動中の出来事については報告書の内容をしるす。

 喫煙者が後部座席でまた煙草を取り出した。誰も何も言わないのをいいことにそのまま平然と吸い始めた。加熱式煙草特有の臭いの煙が車内に漂い、隣の女と子供がせきこんだ。ごほごほ。

 俺は運転席から、「すいません。車内禁煙となっております」と言った。

「ああ?」喫煙首は煙を吐き出した。「俺は客だぞ」

「すいません」俺は言って窓を開けようとした。

「暑いだろうが。開けんじゃねえよ」

「かしこまりました」俺は謝って開けた窓を閉めた。

 助手席にいた配信者が急に大声を出した。「分かった。お前らも仕込みだろ? 誰の演出だ? こんな怪我までさせて、絶対に許さないからな」

「演出ってなんのことですか?」俺は脇見をしないよう、前を向いたまま言った。阪奈道路は快適だった。

日本民度修正公社にほんみんどしゅうせいこうしゃのことだよ。こんな“こらしめ”やったら洒落にならねえだろ。やらせにもルールってもんがあるんだよ!」

「自分がやるやらせはよくて、人がやるやらせは許せないと?」

「当たり前だろ。馬鹿か! みんながやらせやったら旨味うまみがなくなるだろうが!」

「その女の人の取り分は何割なんですか?」

「山分けに決まってんだろうが! 馬鹿を騙すなんて俺達にかかれば簡単なんだよ!」

「それで良心は痛まないんですか?」

「ぎゃはははは! なんだよ、良心って! 日本民度修正公社なんて作っている時点で、日本人の良心なんてクソなんだよ」

 自分で創作しておいてぎゃはは笑いはどうかと思った。しかしこのくらい演出過剰な方がスポンサーには刺さる。あと、ムカつくというより政治的な思想の強いヤバい人になってしまった。ただ、極左でも極右でも、俺の報告書の賞金首はとりあえず日本嫌いで日本を馬鹿にさせている。こういうのは感情の問題で、身内を舐められると人はカチンとくるものだ。なので悪役には思い切り悪役をやってもらうことにしている。

 これで男2人は車の中で死刑確定した。問題は女と子供で、これを死刑にしてスポンサーに満足してもらうのは難しい。

 そこで俺は思い付いた。悪役になるのが無理なら、男2人が女子供を殺す展開にするのはどうだろう?

 哀れな犠牲者が出ることで話としては素直に楽しめなくなる。しかし、死刑執行の爽快感は増すのではないだろうか?

 女は自分の子供をぎゅっと抱きしめた。「お願いします。この子だけは助けてください」

「ママー、怖いよう」子供は女の腕の間から泣きそうな声を上げた。

 喫煙首とやらせ配信者は声を揃えて、「てめー、なに自分だけ助かろうとしてるんだよ!」と叫んだ。それぞれが女と子供を殴った。とんでもない奴らだ。

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