第2話 喫煙者の賞金首、略して

 バスがやってきた。ローソンの前の停留所に止まった。停留所には親子連れとおっさん、おばさん、観光客っぽい3人連れ、10人近い人間が並んでいた。喫煙首——喫煙者の賞金首——もその列の最後尾に並んだ。更に別の観光客っぽいおばさんが並ぼうとしているので俺は慌てて近づいた。割り込みをしようというわけではない。

 列の先頭から客がバスに入っていく。俺は数歩進んだ喫煙首に追いついた。肩や首に手をかけて止めようと思った。しかし暑い中で湿ってそうなそこを掴むのは嫌だった。直前で気が変わって俺はハーフパンツの腰に手を伸ばした。外に出しているTシャツごと腰のあたりをぐっと掴む。

 そいつは列の流れに合わせてさらに数歩、前に進んだ。俺はそれに並走して呼吸を合わせると、一気に列から引き剥がした。後ろに並んでいたおばさんに目を合わせて、手で『お先にどうぞ』と示した。おばさんは軽く会釈した。男を飛ばしてバスに向かって進んでいく。

 腰から一気に引っぱられた男はよろめいて、寄り切られそうな相撲取りみたいになった。俺はその不安定な男をローソンの方にドンと突き飛ばした。面白いようにおっとっととローソンに向かって移動していく。俺はこの辺でいいかという場所を決めると前蹴り一発で膝を折った。

「あああああ!」男はものすごい悲鳴を上げた。

 バスロータリーを歩いていた人がみんな男を見た。バスに乗ろうとしていた最後のおばさんもこっちを見ていたし、運転手もこっちを見ていた。もちろんローソンの中に人間もこっちを見ていた。ロータリーを挟んだローソンの反対側、タクシー乗り場にいる人までが男を見た。

 俺は群衆の視線に応える芸能人のように手を上げた。そのまま笑顔で手を振る。なんでもない、というアピールだ。膝を抱えて地面で丸くなっている男の側にしゃがむ。最初の悲鳴が終わると次の悲鳴は次の痛みでしか出せない。俺が反対の膝も折るとか折れた足を持ってグルグル振り回すとかしない限りは悲鳴の心配はしなくていい。

「大丈夫か? 立てるか?」俺はしゃがんで、丸くなった男に声をかけた。

 目に涙を浮かべ、口からはよだれを流している。激痛によるショック状態になっている。それでも俺の顔を見て、震えながらもなんとかうなずいた。状況が理解できずに、俺が助けに来た親切な人だと思っているらしい。

「よし、頑張れ」俺は立ち上がるのに手を貸してやった。

 西口のバスロータリーは1階に下りなくてもいいように2階も歩道になっていて、ローソン前にもその歩道の柱がある。幅2メートルはあるかという長方形の柱だ。俺はその柱に男をよりかからせた。片足でよろめいたり、衝撃が体に加わるたびに男はくっと呻いた。しかし俺の肩を借りながら、悲鳴は上げないように必死に耐えていた。顔面から脂汗あぶらあせが吹き出し、くいしばった歯の横からよだれが流れている。唾を飲む余裕もないようだ。それでも悲鳴は上げなかった。

「すぐに救急車を呼ぶからな」

 俺がそう言うと男はかすかに首を縦に振った。礼をしているようにも見えた。

 礼には及ばない。

 ロータリー周囲の状況は落ち着きを取り戻しつつあった。歩行者は移動を再開している。バスの運転手は車内の確認に戻った。何かマイクに喋り、バスはゆっくりと動き始めた。

 俺は男を放置してローソンの中に入った。店内の人間は店先の柱に寄り掛かった喫煙首をまだ見ていた。店長とその前にいる女と子供。店の中央の通路から移動していないロン毛の男。ほかにいた2人の客は消えて、その代わり別の2人の客が入っていた。おばさん2人である。こっちのおばさんは足の折れた男を見て何かひそひそ話している。

 レジの中にいるバイトは俺をじろじろ見て、いらっしゃいませーと言った。

 順番については動画のことを考えた。よりスポンサーのヘイトが向く方。スポンサーがスカっとする方。それを考えると演出としてはこれしかない。

 俺は撮影されている動画にフレームインするように母子に近づいた。女の肩に優しく手を乗せる。「おい」そしてロン毛の方を向き、カメラに映るように指を差した。『犯人はお前だ』というポーズをして、女に「あいつと知り合いだな?」と言った。

 女は完全に面喰らって「え?」と聞き返してきた。あとでこの部分は編集でカットした。

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