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浅賀ソルト

第1話 獲物

 安倍晋三を殺したあとに移動した奈良駅前で堂々と路上喫煙をしているとんでもない悪党を見つけた。

 念の為スマホで写真を撮り、その写真と一緒に「奈良駅前って路上喫煙禁止だよな?」とメッセージを付けて送信した。

 送信先は“路上喫煙発見隊”と名乗るグループを支援する団体で、支援先が発見隊という名前なのに、この支援団体は路上喫煙者を殺した人間に賞金を払ってくれる人々である。正確にはそういうグループの中でもさらに過激化した原理主義者がいて、支援グループのクラウドファンディングのクラウドファンディングのクラウドファンディングの、金の流れが分からないようになっている一部のヤバい人が路上喫煙者に賞金をかけている。

 で、こんなふうに見つけて写真を送ってアウト判定——“GO殺れ”判定とも言う——を取れば、そいつを殺すだけで小遣い稼ぎができるという寸法である。

 返事が来た。奈良市は公共の場所での路上喫煙が禁止されている。アウト。写真に映っているのは社会に副流煙を撒き散らし日本国民の平均寿命を短くしている害虫である。平たく言うと賞金首だ。

 うむうむうむ。最近はそういう市町村が増えてきたからな。奈良市なんて観光地だから路上喫煙はたぶん禁止されているだろうと思っていた。当たりだ。

 俺はさらに何枚か写真を撮り、できるだけうまそうに煙を吐く顔と、周りの通行人がそれを見て眉をしかめる顔が同時に映っているベストショットを狙った。いくつか撮って最高の一枚が撮れた。男が煙を吐き、通行人のスーツ男がそいつの顔をじっと見ている。迷惑しているが注意はできない、非喫煙者の心を代弁した一枚だ。こういう写真を撮っておくと支援者の気分がよくなるし、賞金もどんどん増えていく。殺す前の大事な根回しである。

 路上喫煙者はおそらく20代。吸っているのは電子タバコ。服装はTシャツにハーフパンツ。こういうところで堂々と吸うのはガテンかホストか特殊詐欺か、雰囲気がその3種類に分けられる。こいつは特殊詐欺のグループだった。喧嘩が弱そうだった。見た目が弱そうなので逆に何をしてくるか分からない怖さもある。俺も3つのタイプの中では苦手な方だ。いいところもある。ガテンやホストはたまに深入りしてくる仲間がいる。既読がつかないとか返事がないとかで探し始めたりするのだ。しかし特殊詐欺は仲間がいないので連絡が取れなくなってもそこでつながりが切れる。追加で何人も殺す事態にはならない。

 男が煙草を吸っている場所は駅前のバスロータリーである。つまりバス停の近くであり、そういうところでの喫煙もまた非難の対象である。二重に吸ってはいけない場所で吸っている。男は無表情だ。怒ってもいなければリラックスもしていない。それでも悪意は伝わってくる。ここが路上喫煙禁止と分かっててあえて吸っている。禁止されていることをやっている自分に酔っている。最近の路上喫煙者はそんなんばっかりで、本当に煙草が吸いたいのか、吸ってはいけない場所であえて吸う俺アピールをしているのか、よく分からない。昔の喫煙者はもっと煙草そのものと向き合っていた。うまそうに吸えばいいのに、この若者はスマホを見てつまらなそうにしている。煙草はどうでもよさそうだ。

 バスロータリーの片隅にローソンがあった。

 誰かが出てきて自動ドアが開いたとき、「たかがうまい棒1本を弁償しなくちゃいけないんですか? 子供のしたことですよ」という女の声が聞こえた。

 俺はそっちを見た。

 肩と背中を出した若い格好をした女がローソンのレジに立っていて、そのそばに5,6歳に男の子が立っていた。男の子はポケモンの描かれた水色のTシャツを着ていた。下は脛丈のデニムを穿いている。見たところその子供はうまい棒を食い終えたようだ。今は何も食べていない。母親の後ろに隠れている。俺からは子供の陰に隠れているが、女はヒールを履いているようだった。

 俺は喫煙者を横目で見た。あと何分吸うのか分からなかった。しかし自動ドアが閉まると会話が聞こえなくなるので俺はローソンの方へと移動した。野次馬が見学で近付いたとしか見えなかったはずだ。まわりの人間には。

 ローソンには親子のほか、店内に3人の客がいた。ドリンクの方に2人、弁当のところに1人。3人ともちらちらと親子の様子を見ている。

 親子に対応しているのは店長らしき年配の男で、レジの中にはほかに2人、アルバイトっぽいおばさんと若い男が立っていた。店長の方をちらちら見ながら俺に向かって「いらっしゃいませー」と声をかけた。

 俺はレジ前を避けて大回りで店内を歩いた。ガラス越しに喫煙者がまだそこにいることを確認する。そっちも賞金首なので逃がす手はない。ATMやドリンクの前をゆっくり歩いた。他の客を観察しつつ、レジ前の親子の様子をうかがう。

 客の一人が撮影か録音をしている。確信はないがほぼ間違いない。録画しているのは若い男で、広いつばが前後に付いた女物のような帽子を被っていた。その帽子の下から顎の下まで伸びた髪が見える。ロン毛というかおかっぱというか。その客はレジの方を向いているので顔は確認できない。さりげなく店の中央の撮影しやすい位置に移動している。帽子もそうだが、沖縄民芸品のイラストの入ったアロハシャツとか、深緑でポケットの縁に刺繍の入ったハーフパンツとか、全体的に妙にファッションのこだわりを感じさせる格好をしている。

 同業者だろうか? ロン毛などの目立つ見た目だと記憶に残りやすいデメリットがあるが、一方で“カツラ”を取ってしまえばすぐに追手をけるメリットがある。

 カスタマーハラスメント、略してカスハラ。意味不明で自分を神様と勘違いした客によるクレームのことだ。『日本民度修正公社にほんみんどしゅうせいこうしゃ』という非合法団体がこのカスハラに賞金をかけている。『子供が食べたうまい棒の弁償を拒否して店にクレームする奴』など典型的な賞金首で、バラバラ死体にして写真をアップすれば口座に賞金が振り込まれる。生死問わずのおいしい収入源である。

 路上喫煙者と同じ部屋に監禁し、生き残った方を助けてやるともちかけてそれを動画撮影すれば、間違いなく特別料金が振り込まれるはずだった。そんな殺し合い、みんな見たいに決まっている。

 俺が店に入る前から、店内をぐるっと回ってドリンクから弁当の方に移動する間にも、女はクレームを繰り返していた。

「小さい子供がしたことですよ。たった12円を弁償しろって言うんですか?」

 俺はそれを聞きながら、本当にこういうことを言う奴っているんだなあと思っていた。

 リアルの世界でこういう場面に遭遇することはない。また、こういうことを言う人間も多くはない。日本民度修正公社には頻繁に“修正報告”が上げられるが9割以上が捏造である。俺の仕事に限っていえば100%が捏造だ。死体を作って、実際にそんなこと言っていないのに報告書に非常識な発言をなるべくたくさん書いて賞金をいただいている。賞金を払う奴はそれが本当かどうかなんてどうでもいい。世の中のモンスターカスタマーを1人減らしたという気分が大事なのだ。俺はその気分を満足させている。満足させるのが俺の稼ぎ方であり、顧客へのサービスだ。本当のことを伝えて白けさせても誰も幸せになれない。それじゃプロとは呼べない。

 録画しているロン毛が同業者だとするとこの場は彼に任せるのが筋というものだ。たまたま店内に居合わせるなんて偶然はないだろう。だとするとあの親子も仕込みであり、この店内のどこからどこまでが本物なのか分かったもんじゃない。

 そう考えると、女のクレームもわざとらしい気がしてきた。撮影されていることを意識して、なんとか炎上させようとしている。

 俺はこのローソンのカスハラ案件は諦めることにした。弁当前からレジへと移動してコンビニを一周すると俺がロン毛のカメラに映ってしまう。これまでの店内の動きを逆に回って店を出ることにする。レジには近づかない。

「12円がそんなに欲しいんですか? 悪気があるわけないじゃないですか」

 女は相変わらず大声で12円を払いたくない。絶対に払わない。ということを言っている。演技だとしたら非常にうまい。褒めたいくらいだ。

 店長のおじさんは「誠に申し訳ありません。このような場合には買い取りをお願いしております」と小さい声で繰り返していた。接客として熟練を感じさせた。観光地である奈良駅駅前のコンビニという立地から推測すると、その辺のコンビニよりこの手のトラブルには慣れているんだろう。俺だったらそろそろ「うるせえな、払うもん払えや」とブチ切れてる。

 店長はさすがに仕込みではないと思う。ま、どうでもいいけど。

 他の2人の客は絶対に聞こえているはずなのに聞こえていないように買い物を続けている。

 ぐるりと遠回りして俺はコンビニの出口へと向かった。バスロータリーの喫煙者をちら見する。そっちは吸い終えて離れるところだった。逃げられてはまずい。俺は早足になった。

 コンビニを出た。

 Tシャツにハーフパンツの喫煙者は煙草の処分を終わらせていた。ポケットに吸殻とアイコス——正確にはアイコス以外の何かだが俺はアイコス以外のブランドを知らない——を入れて手ぶらになるとバス停の一つに向かって歩き始めた。

 こいつバスに乗るのかよ。そして、バス停から離れてアイコス吸うという中途半端な社会道徳に腹が立った。やらせで報酬を貰おうとしているコンビニの母子と撮影者にも腹が立った。日本民度修正公社では不正を発見して対応した場合にも報酬が払われるのではないだろうか? 4人まとめて殺し合いをさせたら、そんなの絶対、みんな見たいに決まっている。

 俺はそのとき別の組織のことをよく知らなかった。世の中には喫煙活動自由化団体『フリースモーク』というのがいる。さらに傍若無人に好き勝手なことを言う神様お客様を観察して楽しむ『カスハラウォッチャーズ』という組織がいる。

 報告書にはうまく書いて、俺はそのすべての組織を満足させ、報酬をいただく。それはこの案件の最終目標である。

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