さよならさんかくまたきてシャーク

鳳 繰納(おおとり くろな)

第1話

二年付き合って半年同棲した彼女と別れた。『別れた』と言うのは俺の尊厳を守るためだ。実際は『別れた』よりかは『乗り換えられた』と表現した方が適当だと思う。

「チクショー……。なんでだよぉ……」

LINEのトーク履歴、その一番上にピン留めした彼女との会話。

[ごめん、別れて]

スタンプも絵文字も伴わない簡素な一文が、スマホをスリープから叩き起こすたびに目に飛び込んでくる。

「うわーん!マキーーっ‼︎」

絶叫しながらスマホをブン投げる。……が、衝撃音は聞こえてこない。

「あぁ……?」

スマホがすっ飛んでいった方向に、間抜けな顔をしたサメが立てかけられていた。

「お前……。キャッチしてくれたのか?」

俺はスマホを拾い上げ、サメの……頭?鼻先?を撫でた。


 アラームがけたたましく鳴る。瞼を開けると、視界が白いふわふわで満たされていた。

「……ん?」

しばらく考えて、昨夜の事をなんとなく思い出してきた。

「そうだ。俺、昨日あのまま寝落ちして……」

昨日と変わらず、サメは間抜けなツラと舐めた歯でこちらを見ている。

「今日講義あったっけ……」

スケジュールを確認すると、今日は午後に一コマ入っているだけだ。

「もうちょい寝るか」

俺はベッドに戻り、講義に間に合うようアラームをかけた。


 東京の大学に受かって、仕送りをもらいながら一人暮らしして、恋人とか作ってみたりして、それで一人前の大人になれたつもりだった。

 マキと一緒に、地元には無かった家具店に行って北欧風の家具を選びにいった。俺はベッドとテーブルさえあれば良かったけど、マキは色々なものを欲しがった。

『ねえ、これ安くない?買っちゃおうよ』

何を入れるんだかわからないボウル、ゴツい化粧台、変な形の照明器具。いかに安さが売りとはいえ、マキのチョイスする家具たちは俺の薄い財布を痛めつけた。

『あっ!カワイイ〜』

マキが微妙な顔のデカいサメを抱き上げてカートに入れた瞬間、終わりの見えない曲がりくねった通路を延々と歩かされたのも大きいだろうけれど、流石に俺の堪忍袋の緒が切れた。

『それ、買ってどこに置くんだ?』

……ああ、そこからはあんまり思い出したくない。

『なんでそんな事言うの⁉︎そうやっていっつもアタシのこと束縛して!」

昼飯もそこそこに、フードコートで鬼詰めされた。帰りに寄った駅ビルでブランドのコスメをプレゼントするまでマキの機嫌は治らなかった。

 付き合ってる頃は「ワガママ言ってるのもカワイイな〜」なんて思っていたけど、今思い返してみるととんでもない人だった。買ってきた家具も結局全部俺が組み立てて、マキは見ているだけだったし。


 嫌な予感がして飛び起きた。

「やべ!寝坊した!」

今からじゃ大学に間に合わない。友達に代返を頼み、俺はベッドに倒れ込んだ。

「はあ……。マキがいないと、この部屋もガランとして見えるな……」

そう呟いてから気づく。マキの荷物がない。

「アイツ、マジで出ていく気かよ」

机の上に合鍵が置いてある。

『マキの連絡先は削除してください。』

合鍵に添えられたメモには、マキのではない字でそう書かれていた。

「全部置いていきやがった……」

何を入れるのかわからないボウルも、趣味じゃないシーリングライトも、ゴツい化粧台も。マキが選んだ家具は、俺にそっくりそのまま押し付けられた。

 頭を抱えると、フローリングに転がったサメと目が合った。

「お前も、捨てられたのか」

床に突っ伏すサメは、呆然としているようにも見える。

「捨てられたヤツ同士、仲良くしような」

俺はサメを拾い上げてベッドに寝かせた。


 それから数日後。

「では、こちら全てお売りいただいてよろしいですか?」

「はい。お願いします」

買取業者が家具を運び出していく。マキと選んだ家具が、トラックに積み込まれていく。

 運び出しが終わった。部屋はまたベッドとテーブルだけに戻り、俺の財布にはいくらかの現金が増えた。

「……ああ、お前もだな」

そんな独り言を言いながら、俺はベッドに寝ているサメのおなかを撫でた。

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さよならさんかくまたきてシャーク 鳳 繰納(おおとり くろな) @O-torikurona

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