第9話 大山咲良 後編
そして咲良のもとにも春はやって来た。
桜咲き、見事咲良は春秋高校合格を果たした。毎日手を合わせた神社の神様のご加護かはたまた咲良の血の滲むような努力の
合格発表の日。
一緒に行った撫子と涙ながらに抱き合って喜びを分かち合い、自宅に「サクラサク」と連絡を入れたあと、ようやく咲良は羽木のことを思い出した。
(アイツ、合格したかな。したよな、絶対)
羽木は頭が良い。だからこそ咲良は勉強を教わっていたがのだが、よくよく考えてみれば羽木が咲良に勉強を教えて彼に何の得があったのだろう。羽木自身の勉強はそっちのけで咲良のために時間を使わせてしまったことが今更ながら不安になって来た。
(アタシのせいで自分の勉強出来ひんかったんちゃうかな……)
自分のことで精一杯で羽木の受験のことなど考えてもいなかった。咲良が合格できたのは羽木のお陰なのに。
(受かったでって言いたかったな。ありがとうも……)
しかし結局羽木に会えないまま春秋高校入学の日が来てしまった。撫子と同じクラスになれたことに感激し喜び勇んで向かった教室。そこにはなんとその羽木の姿があるではないか。
「え、なんで……なんでアイツがここにおんの?!」
思わず声が出ていた。
その時、突然隣に居た撫子が動いた。
「羽木くんっ!」
そう叫び一目散に羽木に駆け寄って行く。
咲良はこんな撫子を見るのは初めてだった。あんなに焦っているのも、男の子にあんな風に自分から話しかけているのも……
色んな驚きで固まってしまった咲良だったが、ハッと我に返り慌てて撫子のもとへと走った。
「……そう。ありがとう……」
撫子が力なくそうつぶやくのが聞こえた。
「いきなり声を掛けてごめんなさい」
撫子はそう言って羽木に頭を下げた。そしてうなだれた様子で咲良のそばに来ると謝った。
「急に……ごめんね」
その顔を見て咲良はキッと羽木を睨み付けた。
(撫子になに言うたん?!)
羽木は咲良の鋭い視線を受けても涼しい顔で小さく手を振っている。
(どういうこと?なんで撫子がアイツに……)
撫子はというと、もう何事もなかったかのように
「あ、先生が来たよ。席に座ろう」
と出席番号順に指定された席に行ってしまった。
(何がどうなってんの?)
二人は知り合い?って言うかそもそも羽木の志望校って春秋やったん?もしかしてアタシのせいで志望校に落ちたとか?!いやいや、それより撫子は羽木になに言われたんやろ。あんなに落ち込んで……
あああ、なにから考えたらエエんや……
咲良の脳内はクエスチョンマークでいっぱいになり、思わず救いを求めるように撫子を見た。
(羽木を……見てる……?)
撫子はじっと羽木を見つめていた。そして深いため息をつくと視線を窓の外に向けた。
(撫子……)
すぐにでも羽木に詰め寄りたい咲良だったが、様子がおかしい撫子の側を離れられなかった。入学式とその後のHRが終わり、撫子と学校を出た咲良は帰り道でようやく撫子に尋ねた。
「……羽木…と知り合いなん?」
撫子はしばらく考えてから答えた。
「……知り合い……ではないかな。同じ小学校だったけど。私、1年しか通ってなかったから……向こうは私のことなんか覚えてないと思う……」
「じゃあなんで……今日羽木に何か嫌なことでも言われたん?」
撫子はふるふると細い首を振った。
「ううん。イヤなことなんて何も言われてない。私が勝手に……」
そう言って撫子はうつむいた。
(やっぱり何かあったんや。撫子……もしかして羽木のこと……)
「それより」
急に撫子が明るい声を出した。
「もしかして咲良がいつも話してた一緒の塾の子って、羽木…くんのことだったの?」
ムリして明るく振る舞っているような姿に、なんだか胸が痛くなる。
「……うん、まあ」
「そっか、そうなんだ……そうなんだね……」
撫子はふいに立ち止まった。
「どうしたん?」
「私、咲良が友達になってくれて本当に良かった。咲良は私にとって神様のご褒美だと思ってる。他の人にとったら大した事じゃないのかも知れないけど、でも私なりにがんばったことに対する神様のご褒美なんだよ、きっと。だからありがとう。やっぱり咲良は私にとって特別な人だったんだね」
撫子はそう言うと「じゃあ、また明日」と手を振って行ってしまった。残された咲良は訳がわからずその場に立ち尽くしていた。
次の日の放課後、羽木がいきなり撫子のところへやって来て白い封筒を渡した。
「コオロギが鳴き出したらいっつも待ってたで河原さんのこと。そわそわしながらな」
そう言ってニヤッと撫子に笑いかけると羽木はそのまま教室を出て行ってしまった。
撫子は受け取った手紙をしばらく自分の胸に押し当ててから、そっと封を開けた。気のせいか少し手が震えているように見える。
取り出した便せんを読んでいる撫子の肩が揺れ始めた。
(泣いてる……?)
とっさに咲良は撫子に寄り添いその肩を抱く。思わず見えてしまった便せんには和歌みたいなものが一行書かれていた。
そのあと撫子は何も言わず、咲良も何も聞かず、ただ二人で黙ったまま夕暮れの教室で寄り添っていた。
下校のチャイムが鳴った。そろそろ帰ろうか、と声をかけようとした咲良に撫子が少し緊張したような面持ちで告げた。
「一緒に着いてきて欲しいところがあるんだけど……良いかな」
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