難所越え
その姿を見て少年は、巨大なトカゲだと思った。
デニスだったはずの
「デニスはね、ドラゴンなんだ」
そして、なんでもないことのように語ったジョセフは、デニスが脱ぎ散らかした服を畳んでいる。
「だから野営中に火を絶やしても、獣は襲ってこないんだよ」
「獣? 襲う?」
「そう。森の奥の方には肉を喰らう獣がいる。本来なら、身を守るために一晩中焚き火をするんだ。でも、デニスがいれば獣の方が弱いから、逃げていくんだよ」
ドラゴンの背中は広く、二人を乗せて悠々と羽ばたいた。
崖も山々も、遥か目の下に飛び越えていく。
そしてデニスは、更に高度をあげていき。
「ほら、シン。見てごらん」
ジョセフが海を指さす。
「海が陸地に閉じ込められているのが、わかるかい?」
「うーん」
「これは、“みずうみ”だね。村からは対岸が遠すぎて見えないだけで、海じゃないんだよ。だから、飲めるほど”甘い”。真水なんだ」
シンの暮らす村の対岸には、さらに遠くまで緑に覆われた山々が連なっていた。
「さて、蜃気楼の出どころはどこだろうね」
手庇をしたジョセフが湖面を見下ろす。
「あの、大きめの島が怪しいと言えば怪しいな」
雷のような声でデニスが答える。
島の見える岸辺に降りた二人と一匹は、そこで夜を明かした。
ドラゴンのデニスは、器用に魚を捕まえる。受け取ったジョセフが手早く内臓や鱗を落とす。
「ちょっとだけ、がまんしてくれよな?」
そう言ってドラゴンが吐いた炎は、一瞬で魚をこんがりと焼き上げた。
「どう? これくらいだったら食べられるかな?」
ジョセフに差し出された魚を恐る恐る口へと運んだ少年は、一口齧って顔を綻ばせる。
「うん。火の臭いがしない」
「そうか、よかった」
その夜、シンは初めて食事を残さずに食べた。
翌朝、シンが目を覚ますと、岸辺には大きな亀が居た。
人の姿に戻ったデニスが亀の前にしゃがみ込んで、何やら会話らしき事をしているのを、寝ぼけ眼で眺めながらシンは昨日の空の旅を反芻する。
ジョセフは『誰にも言っちゃいけないよ』と言ったけど。多分、村の誰も信じないだろう。
そしてさらに。
「この亀さんが、島まで連れて行ってくれるってさ」
デニスはそんな交渉まで成立させてしまった。
亀の背中は、あまり乗り心地の良いものでさなかった。
揺れるし跳ねるし、急に曲がるし。
挙げ句の果てには、
「潜るぞ! 息を止めろ!」
と、デニスが叫ぶのとほぼ同時に、全身が水に包まれて。
水面下に口を開く洞窟の中へと連れていかれた。
止めている息も限界になるころ。やっと亀は水面に浮かび上がってくれた。
「桶に水を汲んで……所々に掛けながら洞窟の奥に向かって歩けって」
背中から降りた三人に、亀がデニスを通じて指示をだす。
「壁の洞ゴケは、水を掛けたら光るってさ」
「桶っていうのかな? これ」
亀が乗り上げた岸辺の近く、棚状になった岩壁に数個ならべてある手付きの容器を指の背で叩きながら、ジョセフがシンに向かって首を傾げる
「うーん。刳り抜いたたカボチャ?」
「……にしか、見えないよね?」
水を満たしたカボチャ桶をそれぞれが手にして、登り勾配の洞窟を進む。灯りが必要なシンはジョセフの後ろを着いて歩く。
「水濡れした荷物から滴る水だけでも、意外と見えるものだね」
『桶は邪魔かも?』と思ったシンに、後ろからデニスが答える。
「俺たちには十分な明るさだけど。荷物が含んだ水には、限界があるし。わざわざ、準備してあるって事は、必要なんだろうよ」
デニスの言葉通り、曲がりくねり、上り下りする洞窟の出口にたどり着いた時には、桶の一つは完全に空で。残り二つも、零れたりして三割ほど減っている状態だった。
洞窟を出ると、太陽は彼らのほぼ真上にあった。
見渡す限り、巨岩の転がる荒地が広がる。
軽く腹ごしらえをした三人は、洞窟を背に歩き始めた。
そろそろ日も傾く頃。
疲れが溜まったシンが、何かに躓いた。
「大丈夫かい?」
「うん。なんだろう? 倒れた草に引っかかったのかな?」
ジョセフが差し出す手に掴まって、少年が立ち上がる。
「シンが歩ける明るいうちに、寝る場所を考えないといけないな」
シンが服に着いた土を払っていると、辺りを見渡したデニスが手にしたカボチャ桶を顔の前に掲げる。
「こんな桶があるくらいだから、近くに人里があるものだと思ってたんだけどな。オレは」
「俺だって、こんな荒地だとは思ってなかったよ」
そう言って赤毛をかき混ぜたジョセフが、ふと顔をあげた。
「誰か……来る」
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