夜の海で

 夜のオヤツに……と、デニスがベルトポーチに入れて来た干しブドウを分け合って、三人は時を待つ。

 星空を指で辿りながら、ジョセフがシンにこれまでの旅で聞き覚えた神話を話して聞かせたり、シンが村の老人たちから聞いた昔話を語ったりしているうちに、目印にしていた赤い星が天頂に近づいてくる。

 やがて沖の一点に、ぼんやりと青い灯がともって。

 見る見るうちに、縦に伸びていった。


「これは……蜃気楼、か」

 遥か向こうの水面に聳え立つ尖塔を目にしたジョセフが、呟く。

「でも、真夜中だぜ? あれは陽の光があって現れるはずだろ?」

「いや。ほら、デニスは覚えていないかな? 二つ目の大陸で聞いた『大ハマグリが吐き出す夢』の話」

 あんなに光っている建物が、この世のものであるはずがないと、話している二人に

「あれはね、落ち星人の建物なんだよ。大昔に星と一緒に空から落ちてきた人達なんだって」

 シンが答えを教えてくれた。


 光る尖塔の数は、五つ。

 全部一緒に光った、と思えば、三つが消えて……と、いろんな組み合わせで明滅を繰り返す。

「いつもは見えないんだけど、閏新月の夜になるとあんな風に光るんだ。そして、見た人を連れて行ってしまうんだって、村の大人たちは言っている」

「それが、”海から来るモノ”なのか?」

「ううん。海から来るモノは、それを見せるために家から連れ出す魔物らしいよ」

 だから、村では厳重に戸締りをするのだ、と。


「その話を聞けば、なおさら不思議なんだけどね。シンのお父さんは本当に、シンがこうやって夜中に海を見に来ることに何も言わないのかい?」

 継母の手前、何も言えないのかもしれないが……と、思いながらも、ジョセフは尋ねずにはいられなかった。

「僕の本当のお母さんの先祖が、落ち星人だったんだって。その人も火が嫌いで、ご飯を食べなくって……って。きっと僕は、先祖返りなんだって、村の爺さまが言ってた」 

「先祖返りなら、落ち星人に連れていかれても良いって?」

「そこまで、はっきりとは言ってないけどね。居ない方がいいのかな……って思うことはあるよ」

 彼の成長の遅さを、継子イジメと陰口を叩く者も居る。それが心苦しいと、シンが目を潤ませたのが、夜目の効く二人にははっきりと見えてしまった。



 新月の夜から三日が過ぎて、兄さんたちは再び旅人に戻った。

 海岸線を辿ってみるという二人は、『着いていきたい』というシンのワガママを二つ返事で受け入れてくれて。

 次の満月までの二十日弱で、村に戻ってくる約束で海を左手に見るルートで歩き始めた。



 村を出てから半日も歩くと、森へ入る。

 月に数回、村の大人達に連れられて、少年も薪を拾いに来たことがあるが、それはほんの端っこの辺りだけで。

 彼らがつけた足跡の、微かな道はすぐに下生えの中に消えてしまった。

 しかし、先頭を歩くジョセフの足取りに迷いはない。

 まるで生まれたときからこの森で暮らしているかのように歩み、時には頭上に実った木の実に手を伸ばす余裕すらあった。


「ジョセフは、絶対に方角を見失わないからな」

 シンと並んで歩きながら、デニスが我が事のように胸を張る。歩きづらい水辺は避けているけど、大きくは離れてないはず……らしい。

「それは船乗りだから? 特別な練習をしたの?」

「ありゃぁ、持って生まれた才能だな」

 夜目が効くのと同じか……とシンが納得したところで、ジョセフが二人を振り返った。

「シンは、まだ歩き疲れてないかい?」

「うん。大丈夫」

「じゃあ、もう少し距離を稼いでから昼メシにしようか」

 そう言って、彼は少しだけ進む方向を左寄りにずらした。


 途中の小さな沢で水を汲み、持ってきた干し肉や森で手に入れた果物を食べては野営をする。森で抜ける間、デニスたちは一度も火を使わなかった。

 そのことにシンが気づいたのは、行く手を阻む地割れのような断崖と、その向こうに聳える山々目にした日のこと。


「これは、なかなか……」

 厳しいものがある、とジョセフが赤毛を掻き混ぜる。

 足場の悪い崖を降りて、再び登って……残りの日数で、どこまで行けるだろうか?


 それでも彼らは

「ここを越えてみたいか?」

 と少年に尋ねるのだった。


 行ける所まで行きたい、との答えに彼らは目を見交わして。

 デニスは背負っていた荷物を足元におろす。

 そして

「シン。これから見たことは、誰にも言っちゃいけないよ?」

 初めて見るジョセフの真剣な顔に気圧されて、シンは無言で何度も頷いた。

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