ただいま
何日ぶりか分からない拠点としている街。
ほとんど街から出ずに塔に引き篭っている俺からしたら、この場所は第二の故郷である。
数日しか離れていないはずなのに、数年ぶりに帰ってきたかのような感覚に俺は陥っていた。
いやー、こうして塔が見えるのはやはり素晴らしい。
塔があると落ち着くな。早速潜りたくなる気持ちもあるが、今日は疲れきっているのでこのまま家に帰るとしよう。
攻略者ギルドに報告に行くのが先かなとか思ったが、明日でもええやろ。普通に疲れたから、今日はもう休みたい。
「ハイちゃんいい子にしてたかな?と言うか、ブラッシングだけはしてあげないとな。もう数日もやってないし、ストレスになっちゃう」
基本的にお世話が楽なモス。しかし、最低限のお世話をしてあげないと、モスもストレスを抱えてしまう。
特にブラッシングは重要だ。ハイちゃんはブラッシングが好きであり、それをやってあげないと多分不機嫌になる。
週に2回、忘れずにやってあげているから、知らんけど。
一応、街を出て行く前にブラッシングはしてあげたのだが、それから既にかなりの日数が経っているのは間違いない。
家に帰ったら、直ぐにもハイちゃんをブラッシングしてご機嫌を取らねば。
そんなことを思いながら、俺はクランハウスの前までやってくる。
ようやく帰って来れたな。はじめてのおつかいをしている気分だった。
ハイオークを討伐し、ミノタウロスまで討伐したのだ。
この話をしてあげるだけで、エレノワール達は楽しそうに話を聞いてくれるだろう。
「ただいま」
「ローグゥ!!」
「わっぷ!!」
俺が帰ってきた時どんな顔をするのだろうかと思いつつ扉を開けると、俺が帰ってくるのを知っていたかのようなタイミングでエレノワールが飛びついてきた。
普段はウザイ近所のお姉さんと言った感じであったが、今日は我が子を心配していた母のように暖かい。
この人は本当に身内に甘いんだな。
ちょっと前に、カツアゲしようとしてきた野郎共をボッコボコにしていた、あのカッコイイクランマスターはどこへ行ったんだ。
「ローグローグローグ!!どれだけ私達を心配させれば気が済むんだ君は!!これからはもう仕事とか受けなくていいからね。塔の攻略だけしていればいいからね!!」
「わかった。分かったから離れてくれエレノワール。キャラが崩壊しすぎて困惑しかないから勘弁してくれ」
「ハッハッハ!!リリーやニアの時もそうだったが、この時ばかりは何度観ても笑えるな。保護者でもここまでやらねぇよ」
「私が初めて外の依頼に出て帰ってきた時も、こんな感じに撫で回されましたね。あの人、実は二重人格者なのでは?」
「僕も同じだったなぁ。しかもその日はずっと撫で回されるんだから困ったものだよ。別人かと思うぐらいには、ずっとベタベタだった」
最早別人レベルで人格が変わっているエレノワールに困惑する俺と、それを見てケラケラと笑うムサシ。
そして俺と同じ思いをしたことがあるのか、どこか懐かしそうな目を向けるニアとリリー。
帰ってきた。いつものこの光景に。
この世界に来てまだ二ヶ月程しか経っていないが、ここは本当に居心地のいい場所なんだな。
俺が帰ってくる場所。学校で居場所が無かった俺にとっての居場所なのだ。
「........(モスー!!)」
「ハイちゃん!!」
「........(モスッモスモスッモスー!!)」
「あはは!!ただいまハイちゃん。ごめんねこんなに待たせちゃって」
「........(モスッモスッ!!)」
エレノワールにしわくちゃにされた後は、みんなのアイドルハイちゃんの登場。
普段はのんびりゆったりと空を飛んだりヨチヨチ歩いているハイちゃんであるが、この日ばかりは1秒でも早く俺にくっつきたいのか、爆速で俺の元へと飛んでくるの胸の中に収まって顔を擦り付ける。
可愛いかよ。可愛すぎかよ。
久々に俺に会えたのがあまりにも嬉しすぎたのか、羽がずっとパタパタと激しく動いている。
アレだ。よく動画で見るご主人が久々に帰ってきて喜びまくる犬と同じだ。
俺は犬が苦手なのであれを見て“可愛い”とは思わないのだが、これは悪くない。
ハイちゃんは正義。ハイちゃんこそ最強である。
「いい子にしてたか?」
「........(モスス!!モスッ!!)」
「あはは!!そうかそうか。いい子にしてたんだな。偉いぞーハイちゃん」
「........(モスッモスッ!!)」
こんなにもテンションの高いハイちゃんは見た事がない。羽はずっとパタパタと動き、俺が抱きしめようとするのだが羽の動きが激しすぎて抱きしめられないのだ。
いつもなら静かに閉じている羽。感情が高ぶると、ここまでパタパタ出来るんだね。
「感動の再会ってやつか?涙が出るな」
「言うて五日間だけでしょう?ハイちゃんはローグさんの事が好きすぎるんですよ。それはそれとして、そろそろ入ってきてください。ご飯にしましょう。ローグさんはしばらくの間あの味気ないご飯しか食べてないんですし、今日は私が腕を奮って美味しいものを作ってあげますよ」
「本当か?!やった!!」
この数日間で最も辛かったのは、体力とか精神面ではなく食事である。
美味しいものが食べられないという苦痛は、日本人にとって何よりの拷問であると俺は知ったね。
そりゃ刑務所の飯を食わされ続けた後にカツ丼を出されたら、美味しすぎて白状しても仕方がないよねと思うほどには。
ご飯って大事。
美味しいものと言うのはそれだけで人々の活力になるのだ。
「攻略者ギルドには行ったのか?」
「いや、まだだよ。今日は疲れたし、ゆっくり休んで明日行くつもり。急を要するものでも無いしね」
「ま、それが無難だわな。今日はゆっくり休め。飯の前に風呂でも入ってこい。既に湧いてる」
本当に俺が帰ってくるタイミングが分かっているかのような、準備の良さだな。と言うか、まだ朝なんですけど。
俺が準備の良さに疑問を抱いていると、ムサシが何かを思い出したかのように声を上げる。
「それじゃ改めて───」
「「「「───おかえりローグ(さん)」」」」
「「........(モス!!)」」
帰る場所。ここは俺にとっての家。
血の繋がった家族では無い。だが、それでも家族と呼べるような仲間たち。
俺はニッと笑うと、改めてこう言った。
「ただいま」
──────────
ローグが街に帰り、エレノワール達に5日間の小さな冒険について話していた頃。
ローグが調査した洞窟に2人組のローブを羽織ったもの達が現れる。
「........死んでいる。念の為、武器まで持たせたというのに」
「誰かが倒したんだろうね。この洞窟から1番近い街といえば、戦争の英雄エレノワールがいる街だ」
「........あそこに手を出したくは無いのだがな。あの女を相手にするのは流石に疲れる」
「昔、やりあったんだっけ?」
「あぁ。やりあったさ。そしてあの頭のぶっ飛んだ女を私は2人と見たことがない。周囲をところ構わず爆破しながら私に突っ込んできては高笑を浮かべる化け物だ」
「何それ怖っ........」
かつてエレノワールと殺し合いを演じた者はそう言うと、深く溜息をついて天井を見上げる。
そして心底嫌そうな顔でこういうのであった。
「手を出したくない。上に掛け合ってこの実験を中止できないだろうか?」
「無理言うなよ。上はエレノワールとかそんなこと気にしちゃいないんだから」
この世界で裏社会に少しでも足を踏み入れたことがあるならば、誰でも知っている組織“塔の影”。
ローグのミノタウロス討伐は、今後起きるとある事件の引き金となるのであった。
後書き。
この章はこれにておしまいです。
メインは塔攻略だけど、偶にはこういう回もやるよと言う回でした。エレノワール達が過保護すぎる。
次回はまた塔に戻ります。メインは塔攻略。当たり前だね‼︎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます