小さな冒険の終わり


 洞窟探索の依頼を受け、出発してからn日目。


 俺はようやく洞窟の外に出てきていた。


 いやー、適当に進んでたら普通に迷子になって焦ったよね。少し多めに持ってきた食料はギリギリ。


 水は魔道具と呼ばれる魔力を使えば簡単に水が生成できる道具のおかげでなんのかなったものの、普通に体が疲れている。


 何日あの洞窟に居たのか分からないぐらいには、迷ったし、そもそも陽の光が見えないから時刻を正確に把握できなかった。


 帰ったらまず時計を買おうそうしよう。街ではその時刻になると鐘を鳴らしてくれるからあまり必要を感じなかったが、これは滅茶苦茶重要なアイテムだわ。


 時間が分からないと不安になる。現代社会に生まれ育った日本人の、思ってもみなかった欠点だ。


 多分エレノワールはそこら辺慣れちゃって気にしてないんだろうな。割とマイペースな奴だし。


 洞窟の中で色々と迷子になり歩き回ったおかげで、なんとさらに3枚のスキルカードまで取得してしまった。


 もう必要ないのにさらなる強化を施された俺は、多分塔の外に居た時の中でいちばん強いだろう。


 最後の方は刺突一発でオークを倒せていたし。


 ちなみに、オークの肉は食べられるらしく、どうしてもお腹がすいた俺は、ここが洞窟の中であることも忘れて普通に焼肉をしていたりする。


 エレノワールに換気の面から焚き火とはかするなと口煩く言われていたのに、普通に忘れていた。


 運が悪かったらその時点であの世行きだったかもしれん。


「さて、これ何日目の日差しなんだろう?体感時間とかもうないからな........眠くなったら寝て、起きて移動するみたいな生活してたし」


 一応、俺の予想では4日目辺りだと思っている。


 予定では3日で依頼を終えて街に帰っているはずだったので、既に一日予定をオーバーしていると思うのだが、どうなんだろうか?


 ま、帰れば分かるか。


 絶対に三日は過ぎているはずなので、帰ったらエレノワールに“帰ってくるのが遅い!!”と怒られそうではあるが。


 うわぁ、ちょっと帰りたくなくなってきた。


 でも、家に帰っても誰もいなかった学生時代(両親が共働きだった為)とは違って、家に誰かが待っていてくれるのは少し新鮮である。


 怒られると言う事はそれだけ心配されていたということ。その怒りは大人しく受け入れようと思いつつ、俺はそこら辺を通り過ぎたゴブリンに向かって無意識に槍投げを発動した。


「ぐぴゃ───!!」

「なんと言うか、敵が見えてからの反応が早くなった気がするな。やっぱり命のかかった戦闘は得られるものが大きいのかな?ちょっと強くなった気がするよ」


 依頼に出る前よりも、明らかに魔物に対しての対処が上手くなっている気がする俺。


 やはり実践というのは大事だな。命の掛かった経験というのは、人を大きく成長させるらしい。


 まぁ、命のかかった殺し合いは割と毎日しているのだが、あれは死んでも生き返っちゃうから心のどこかで“死んでも問題なし”だと思ってしまう。


 1度死んだら全てが終わりのハードコア。命は一度きりを体現した殺し合いの方が、得られるものが大きかったのだろう。


 二回目もやりたいかと言われれば、二度とごめんだが。


 誰が好き好んでこんなクソみたいな事やるんだよ。ギルドの仕事は緊急時以外は受けないでおこう。エレノワールにお願いすれば、なんとかなるやろ知らんけど。


 塔こそ正義、塔こそが俺の生きる理由。


 ローグライクがあるからアレは戦闘も死も楽しいのだ。ただ生きるためだけの仕事は、俺にとって価値がない。


「俺、日本にいたままだったら絶対に社会不適合者だよな。ニートまっしぐらだよ」


 俺は自分という人間が以下に現代日本の社会に適合できていないのかを理解すると、改めてこの世界に来てよかったと思うのであった。


 さぁ、帰ろうか。みんなが待つあの街へ。




【水飲めるくん】

 魔力を流し込むことで水を出せる魔道具。開発される前までは水による紛争や犠牲者が後を経たなかったが、この魔道具の開発によって水が飲めないと言う地域は発生しなくなった。

 第18階層まで上り詰めた伝説の錬金術師によって作られたとされており、彼の名前は今でも多くの人々が知っている。この世界にノーベル平和賞があれば、きっと彼が取っていた事だろう。




 洞窟から脱出し、一日かけて街へと戻ってくる。


 時刻は大体朝の8時ぐらいだろうか。さすがに街に戻ってきてすぐに塔へと登る気力は無いので、今日はゆっくりとしたいな。


「あー、ようやく帰ってきた........」

「お、ローグくんじゃないか。良かった良かった。無事に仕事を終えられたのかい?」

「まぁね。少なくとも五体満足で帰ってきただけで仕事達成だよ。ギルドマスターがエレノワールに殺されないようにするという仕事のね」

「アッハッハッハッハッ!!それはそうだな!!エレノワールはクランのメンバーに関係する話になると、完全に保護者になるからな。しかも、過保護。もしかしたら、ローグの後ろを歩いていたかもしれんぞ?」


 この二ヶ月の間で、俺は以外にも話す人が増えた。彼もその一人であり、偶然飯を食っていた店で仲良くなった、この街の門番である。


 エレノワールが有名すぎて俺の事が話題となり、俺は相手のことを知らないのに相手は俺のことを知っているという事態の中で彼とは出会ったのである。


 名前はガザナ。奥さんと一人娘を持った、立派なお父さんだ。


 ちなみに年齢は23歳。


 お子さんが3歳とかだから、20そこそこで子供を作っていることとなる。


 種族は獣人とエルフのハーフ。耳が長いくせに、尻尾が生えていると言う異世界系の漫画でもなかなか見ない珍しいハーフの種族だ。


 お相手の奥さんは人間だったはず。お子さんは尻尾だけ引き継いだのか、モフモフとした尻尾を振り回して遊んでいたっけ。


「怖すぎるでしょ。ストーカーじゃん」

「........ハッハッハ。かもな!!ともかく、無事に帰ってきてくれてよかったよ。ここ数日はバーバラさんが怖くてな........“ローグはまだか?”とか“ローグが帰ってきた伝えに来い”とか言われて滅茶苦茶ビビってた」

「バーバラが怖い?あんなに優しいのに?」

「バーバラさんは確かに優しいんだがな........多分獣人としての格が違いすぎる。向こうは普通に接していても俺からしたら巨大なオオカミに睨まれた気分になるのさ。後、あの時は絶対に普通じゃなかったぞ。目がクソ怖かったし」

「へぇ。バーバラも怖い時とかあるんだな。まぁ、人だし当たり前か」


 どんなに優しい人でも怒れば怖い。というか、普段優しい人ほど怒ると怖い。


 バーバラが起こった姿を見たことがないが、多分かなり怖いと思う。


 だって普段は尻尾をピンと立てているガザナの尻尾が、垂れ下がって股に挟んでいるし。


「あの人がキレるとヤベーぞ?3年前に一度、バーバラさんがブチ切れたことがあってな。あの人は普段優しい医者だが、本質は攻略者だ。キレてその男の頭を掴んだかと思ったら、ガーン!!だよ。額が割れて鼻はへし折れて、その男は二度と攻略者ギルドに顔を出さなかった」

「それは怖いな」


 頭を掴んで思いっきり地面に叩きつけたって事だろう?攻略者ギルドでは割と見る光景だが、バーバラがやっているところはあまり想像できない。


 バーバラも昔は攻略者だったと聞いたし、昔の血が騒いだのかな?


「まぁ、よそから来た差別主義者で獣人の中でも獣に近いバーバラさんを侮辱したんだから、当たり前なんだけどな。特に、親の悪口は頂けねぇよ。子にとって親は、誇りであり目指すべき場所なんだからな」

「........そうだな」


 うちの親、感謝はしているけど見習ってはダメだなと思ってるんですが。


 言わないけども。


「ま、何がとあれおかえりローグ。無事で嬉しいぜ」

「おうよ。ただいま。また今度飯に行こうな」

「もちろん!!そん時は奢ってやるよ。依頼を無事に達成した祝いとしてな!!」

「楽しみにしているよ」


 こうして俺の小さな冒険は幕を閉じる。


 中々悪くない冒険だった。二度とやりたくは無いが。




 後書き。

 当たり前だが、エレノワールに口止めされているので何も言えない門番。

 エレノワールに逆らったら生きていけないからね‼︎しょうがないね‼︎

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