ウチの子が寝てるでしょーが‼︎


 ローグがミノタウロスと言う強敵を倒し、地面に寝転がった頃。


 自身の能力でその様子を見ていたリリーと、リリーの実況を聞いていたエレノワールは手を合わせて喜んでいた。


「やった!!ローグさんがミノタウロスを倒しましたよ!!」

「マジか!!凄いじゃないかローグ!!ミノタウロスって言ったら、魔物の中でもかなり強い部類に入る魔物だぞ!!それを倒しちまうなんて流石だな!!」


 ミノタウロスの咆哮により崩れ去った洞窟の道の向こう側。ローグが死んでしまわないか心配過ぎたエレノワールは、ようやく胸をなでおろす。


 この世界に来てまだ二ヶ月も経っていない新人。


 塔の攻略に関してはハッキリ言って天才的とも言えるローグだが、塔の攻略が出来るからと言って決して攻略者ギルドの依頼を達成できるとは限らない。


 事実、エレノワールも色々な経験を経て安定した依頼の完了ができるようになったのだ。


 死にかけたことは何度もあり、その時の傷が残っている場所もある。


「ローグは今どうしてる?」

「えーと........あぁ。寝ちゃってますね。多分緊張が解けて疲れが来たんだと思います」

「相手はミノタウロス。死んでもおかしくは無い相手だもんなぁ。よく勝ったもんだ。よし、私達もムサシ達と合流しようか。この道を強引に破壊する必要も無くなったしな」

「そうですね。ふふっ、それにしても気持ちよさそうに寝ていますよ。こうして見ると、かなり可愛い顔をしていますねローグさんは」

「お?リリーちゃんはローグがお好みで?」

「いえ、私はそういうのに興味無いので........」


 少しからかってやろうとエレノワールはニヤニヤしながらリリーにそう言うが、物凄い真顔で言葉を返されてしまう。


 エレノワールもリリーがどのような性格なのかは知っているので、“まぁでしょうね”とだけ思いながら立ち上がった。


 リリーはかなり特殊な子だ。


 地球にいた頃からその力を持っており、それが原因で大人達からもひいては親からも距離を置かれていた過去がある。


 今となってはこうして笑えているが、この世界に来た頃のリリーは本当に酷いものだった。


 未だにその恐怖は多くの人々の中に焼き付いており、特に一度大暴れした攻略者ギルドではエレノワール以上に危険人物として扱われる。


 もちろん、今ではそれなりに優しく接する人が増えたが。


「残念。あのショタコン狐の対抗馬になるかと思ったのに」

「ローグさんはバーバラさんの好みにドストライクでしょうね........なんでしたっけ?ちょっと少年らしさがありつつも可愛い感じの子がいいんでしたっけ?」

「そうだ。それがひょんな事からギルドに知られ、バーバラを狙うやつは居なくなった。あいつは私達を変人扱いするがらあいつも充分やばいからな?」

「それはそうですね。ですが、ローグさんとはお似合いだと思いますよ?ギルドで聞いた感じ、ローグさんも人気はありますけど完全に変人枠ですし」

「嬉々として死にに行くやつと生涯を添い遂げたいやつは少ないだろうよ。でも、アイツかなり金稼ぎがいいんだよな........それで狙うやつが出てくるかもしれん」

「あはは。その時は私たちの出番ですかね?」

「リリーちゃん?目が笑ってないよ?」


 こうして、エレノワールとリリーはローグが思っていた以上に強かったことに喜びつつ、ムサシ達と合流するために洞窟を移動するのであった。




【刺突】

 槍のスキルの一つ。槍を突き出すだけの単純なスキルだが、隠れた仕様として壁や地面に突き刺した際に身体が後ろに下がるというものがある。

 これは、槍を突き出した反動によるものとしての挙動として扱われ、塔が仕掛けたちょっとした罠とも言えるのだが、悪用すると棒高跳びのように飛べたりブリンクスキルとして使えたりする。尚、本来は距離感を謝って槍を突き刺した際に強制的に動かされることによって立ち回りをミスさせようとするものだったりする。




 エレノワールとリリーがローグの勝利を見届け、安否を確認した頃。


 ムサシとニアは別の入口を見つけてミノタウロスのいる場所へとやってきていた。


「ローグ!!」


 開けた洞窟の中を見れば、そこには仰向けに倒れるローグと血まみれのミノタウロス。


 まだローグがミノタウロスに勝利したとは知らない2人は、ローグが怪我によって倒れてしまったのではと勘違いしてしまう。


 急いで駆け寄り、ローグの頬に触れたその瞬間。


 二人はホッと肩をなでおろした。


「くーすぴー........」

「寝てやがる。全く、驚かせやがって。死んだかと思ったぞ」

「よ、良かったぁ........」


 ミノタウロスを倒し、緊張から開放された疲れから爆睡するローグを見て二人の顔は優しくなる。


 そして、ローグに目立つ怪我が無いことを確認すると、ローグが起きる前にその場を後にした。


「良かった。死んでないみたいだな」

「倒れてたからびっくりしたよ。リリーがしくじったのかと思った」

「リリーがやらかしてもエレノワールが何とかするだろうから、冷静になればローグが無事なのは分かるんだが........俺達も焦りすぎたな」


 ムサシはエレノワールとの付き合いが長い。


 このクランの中ではエレノワールの事を最も知っているのだ。


 そんなエレノワールが、ここに出てきていないという事はローグは安全だということ。


 そんな事も分からないほどに、ムサシも焦ってしまっていたのである。


「ハハッ、それにしてもスゲーな。流石は期待の新人。ミノタウロスを倒しちまうとは恐れ入ったぜ。ミノタウロスっていえば、牛の死神。熟練した攻略者ですら、下手をすればあの世行きだぜ?」

「確かにそうだね。僕も苦戦したし」

「たった2ヶ月足らずで第五階層まで攻略し、挙句の果てにはミノタウロスの討伐。こりゃ塔もとんでもないやつを呼び寄せたもんだ」


 ムサシがローグの強さに感心しているその時、“グォォオォ!!”と魔物の声が洞窟の中から聞こえてくる。


 声からしてハイオーク。おそらく、この洞窟の主の部屋から血の匂いがしたのを感じ取ったのだろう。


 そして、自分が新たな主になろうとしている。


「ニア。ローグの方を見ていてくれ。俺はちょっと掃除をしてくる」

「えっ、いいの?」

「本来ならダメなんだが、ミノタウロスを倒した期待の星だぜ?ちょっとぐらいお手伝いしたとしてもギルドも文句は言わないさ。と言うか、新人に任せる依頼なんだから多少は中を確認しておけよ。俺もエレノワールと一緒にギルドに殴り込んでやろうか」


 否。ローグはその洞窟の確認の依頼を受けてきたのだ。


 既にギルドが確認してしまっていたら、こんな依頼は来ないだろう。


 その危険性の確認がローグの仕事なのだから。


 ムサシもエレノワールの影響を大きく受けている。エレノワールの苦労を知っている。


 だからこそ、クランの事になると少々タガが外れる。


「グォ─────」

「うるせぇよ豚が。今ウチの子が気持ちよく寝てるでしょーが!!」


 一閃。


 鞘から抜き放たれた白銀の線が、ハイオークの身体を微塵切りにする。


 奮った刀は1度だけのはずなのに、ハイオークの体は無数にバラバラにされ、血をぶち撒けたのだ。


「ったく。子供が寝ている時はお静かにっての守れないのかこの豚共は。人間様の常識を少しぐらい学びやがれ」


 ムサシはそう言うと、納刀して静かに目を閉じる。


「ムサシもあまりエレノワールのことは言えないよねぇ........結局、みんながみんな過保護だし」


 ニアはなんやかんや過保護なムサシを見て、そういうのであった。


 自分のことは棚に上げて。

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