牛の死神


 ハイオークを無事に倒し、初見の魔物に対しての対応力が少しづつ上がっている実感をしていた俺は、さらに洞窟の奥へと進んでいく。


 何気に初見の魔物とやり合って勝てるのは嬉しかった。


 幾度となく死んできた俺の屍は無駄ではなかったと言うのが実感出来て、成長出来ていると知れるのだから。


 ローグライクに限らず、多くのゲームで自分の小さな成長を感じる時が必ずある。


 ゲームだけではない。スポーツや勉強だって自分の成長を感じる瞬間があるだろう。


 そんな小さな成長を感じた時、人は喜びを知る。


 俺もそんな単純な細胞を持った、一人の人間に過ぎないのだ。


 ローグライクをやりまくって、完全初見のステージを今までの知識と経験からクリア出来た時は“俺って天才だわ”と思ったものだ。


 やはり経験。経験こそが人を強くする。


「一度ぐらいは塔の試練も初見攻略してみたいものだな........多分無理だけど」


 超絶ハードな難易度を誇る塔の試練。一度ぐらいは完全初見で攻略してみたいものだが、敵があまりに強すぎて多分無理である。


 次の試練........第三の試練が始まったら、最小デス数での攻略を目指してみるのもいいかもしれない。


 そうすれば、さらなる緊張感を味わえる事となるだろう。


 最近死にすぎて、死ぬ時の緊張感とかないからね。痛みは確かにあるし、出来れば死にたくは無いのだが、“死ぬなら死ぬでええか”と若干諦めが入っている。


 手足を潰されて最後に頭をぐしゃりとか、壁に打ち付けられて肋骨がへし折れて心臓に刺さり死亡とか、そんな在り来りな死に方(在り来りでは無い)ではもう何も感じない。


 そりゃ攻略者が異常者として見られるわけだ。痛みを受け入れた攻略者は、強い。


「グガ........」

「これで13体目。本当にオークばかりだな。塔にいる気分になってくる」


 俺はそう言いながら、13体目のオークを撃破。


 ハイオークのような上位種はそれなりに希少な存在であり、あの一体以外は見つかっていない。


 13体目のオークを殺し、耳を取った俺はさらに先へと進む。


 そして、ついに洞窟の最深部と思わしき場所に辿り着いた。


 今まで歩いてきた道とは違い、かなり広く丸い場所。


 俺はその場所を見て、中に入るのを躊躇った。


 何故か?


 それは、その洞窟の中にゲームでしか見た事がない魔物が存在していたからである。


「あれ、ミノタウロスじゃね?」


 筋肉ムキムキの身体を持ち、顔は凶悪な闘牛のような姿。そして、特徴的な2本の角と二足歩行。


 体の色はおそらく紫色であり、どこからどう見ても只者ではない。


 教えて貰ってないが、これだけ特徴的な姿をしていたらわかる。


 異世界の定番魔物の一つ、ミノタウロスにそっくりな魔物がそこにはいた。


「めっちゃ強そうなんだけど。筋肉ムキムキだし、座ってんのにクソでかいぞ」


 座っているから正確な大きさは分からないが、おそらく身長は3mほどにもなる。


 オークの1.5倍近くの大きさを誇るミノタウロスは、座って何かをやっていた。


 うーん。無理!!戦ったらヤバそう。


 これまでの試練の中で、俺は自分の死を感じ取ることができるようになった。


 アホみたいに死にまくっているから、最近は“あっこれ死ぬ”というタイミングが分かるのである。


 そして、あのミノタウロスみたいなやつに喧嘩を売ったら間違いなくその感覚を味わうだろう。


 ここが塔の中ならば腕試しとして戦いに行ったが、ここは現実であり塔の外。


 痛みを感じるだけでは済まされないのだ。


「とりあえず確認はできたし、報告に戻ろう。アレは俺じゃ無理だ多分」


 そんなわけで、俺はサッサと帰ることにした。


 危ないと思ったら帰れとエレノワールに口煩く言われているし、この世界でのお母さんの話はちゃんと守らないとね。


 俺は背中を向け、サッサと帰ろうとする。


 が、こういう時に限って俺は運がない。


 調子がいい時に全てを台無しにするクソイベを引いた時のように、順調に進んでいた時に限ってクソみたいな魔物の配置を引いた時のように。


 俺は、下ブレを引いてしまったのだ。


「ブモォォォォォォ!!」


 いきなり大声を上げたかと思えば、ミノタウロスが立ち上がる。


 やばいと思って走り始めると、脆くなっていたのか俺の通ってきていた道が崩れ去ってしまった。


「はぁ?!」


 これには俺も声を上げてしまう。


 そんなボス戦に入ったら逃げられないようにするゲームのシステムみたいなのは要らないって!!


 なんで狙ったかのようなタイミングで崩れるんだよ!!


 そもそもボス戦のエリアに入ってすらいないのに、何故か締め出された俺。


 んな理不尽な!!と思いつつ、後ろを振り返ると、ミノタウロスと目が合ってしまった。


「は、ハロー。ミノタウロスくん。その筋肉かっこいいね。とてもイカしていると思うよ。それと、その鼻についたピアス。とてもセンスがあるね。君にピッタリだ。それから、その手に持っているハルバード、とても職人のこだわりが感じられる一品だね。と言うか、どこで手に入れたんだよそんな危ないもの。じゃなくて、それもかっこいいと思うよ」


 俺はそう言いながら、ゆっくりと別出口を探す。


 左側同じような穴がある。あそこまで行ければ逃げられるか?


 とりあえずミノタウロスから逃げたい。


 しかし、投げるためにはボス戦部屋に入らなければならない。


 あれ?これ詰んでね?


 この瓦礫の山を掘り起こして再び道を作るというのも考えたが、多分厳しい。


 と言うか、それは許してくれなさそう。


「いい子だからそのままゆっくりしていてくれ。俺はちょっと横を通らせてもらうだけだからね」


 そう言いつつ、ボス戦部屋に足を踏み入れたその瞬間。


「ブモォォォォォォ!!」


 ミノタウロスは大きな雄叫びを上げながら、俺に向かって突撃してきた。


 しってた。


 こうして、俺は強制的にミノタウロスと戦う羽目になってしまったのである。


 あの左側の穴も塞がれていたら終わりだな。いやマジで。




【ミノタウロス】

 二足歩行の牛。強さはハイオークよりも上で、かなり強い。力が強く、武器の扱いも心得ているため手強く、ベテランの攻略者でもシュチュエーション次第では普通に負ける。足も早いため、逃げられず、好戦的な性格も相まって、攻略者達からは“牛の死神”と呼ばれていたり........




 ローグがミノタウロスと戦うことが決定してしまったその時、エレノワール達は大慌てであった。


 順調に調査を進めるローグを心配しつつも、なんやかんや上手くやっているローグを褒めるクランメンバー。


 この調子で終わってくれるかと思えば、いきなりミノタウロスの声が聞こえ、そしてローグと分断されてしまったのだから慌てないはずもない。


「ぶっ壊すぞ!!」

「いや待て待て待て!!洞窟の中でそれを使うなエレノワール!!崩れたら中にいるローグまで死ぬぞ!!」


 爆弾を使って、撤去作業を始めようとしたエレノワールを止めるムサシ。


 ムサシもこの状況に焦りを感じていたが、自分よりも焦っているエレノワールを見て冷静さを取り戻した。


「俺とニアが別の道を探してやる!!エレノワールはリリーの護衛!!リリーは“”を使って壁越しにローグの安否を確認しろ!!もし、無事なら手を出すなよ?危なくなるまではローグの仕事だ」

「わ、わかりました!!」

「早く行こう!!ムサシ!!」


 ムサシは的確に指示を出すと、来た道を戻っていく。


「あぁクソ!!早くしないとエレノワールが全部ぶっ飛ばしちまう!!急ぐぞニア!!」

「うん!!」


 ムサシの心配は、ローグよりもエレノワールがこの洞窟そのものを消し去ってしまうのではないかという不安に変わっていた。






後書き。

 この小説だけを読んでいる方には申し訳ないのですが、重大な告知をば。

 私の別作品、『異世界に放置ゲー理論を持ち込んだら世界最強になれる説』がこの度書籍化致します(10月15日予定)。

 もし興味がある方は、是非Amazonやらで予約できる(多分)ので、よろしくお願い致します‼︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る