んじゃレッツゴー


 塔は人類に一体何を求め、試練を与えているのか。


 そんな研究者がすでに色々と考えていそうなことを思いながらも、割とどうでもいいという結論を出した俺はようやく目的地である洞窟へと辿り着いた。


 時刻はまだ昼前。予定していた時間より僅かに遅いが、それでも充分な調査時間が残されている。


 スキルカード集めが楽しくなってきて、又しても少し寄り道してしまったのがダメだった。


 俺は自分を自制できる人間では無いらしい。


 そりゃそうか。バーバラのデート券に釣られ、癒しのためにハイちゃんを飼い始めるようなやつが自制心を持っているわけが無い。


 死の恐怖よりもローグライクがやりたいという理由で、塔に潜るのが俺だ。


 楽しくなったらそっちへフラフラ。俺の人生は蛇のように畝っている。


 そんなこんなありつつも、俺は大きく口を開ける洞窟を見上げる。


 俺にとって洞窟とは、運ゲーまっしぐらの挟み撃ちが来ないことを祈るお祈りゲーミングだが、この世界における洞窟は多くの問題点を孕んでいる。


 主に、盗賊や魔物の住処となるという点で。


 もちろん、急な雨風を凌ぐ手段ともなりえる為、洞窟は有効活用できる。


 しかし大半の場合は、盗賊や魔物の住処となって被害をもたらすのだ。


 では埋め立てたらいいのでは?と思うが、そんな簡単な話ではない。


 埋め立てるのにも人と金が居る。そして完全に埋め立てるのは難しい。


 ならば、定期的に調査したり管理してしまった方が早い。洞窟は、盗賊の根城や魔物の住処を割り出す時に使う手段のひとつとなる。


「異世界にも色々とあるんだな。ところで、ここで盗賊とか出てこられたら俺は殺せるのかな?」


 異世界に飛ばされた現代日本人主人公あるある。殺人問題。


 現代日本において極一般的な暮らしをいていればまず殺人など犯さない。当たり前だ。事故による殺人はともかく、意図的な人殺しなんてするやつはそうそういないだろう。


 しかし、この世界は人の命がとにかく軽く、そして治安も悪い。


 盗賊なんて当たり前のように湧くし、人も当然のように殺す。


 そして、人を殺したことがない、地球の頃の倫理観を持った主人公は殺人をするのか?


 そんな話がよく見られる。


 最近だと“そういう葛藤とかいらねーんだよ”と言う読者の傾向に合わせてなのか、割とあっさり人を殺すのが主流。主にWeb媒体の小説や漫画だと、本当に倫理観とかお構い無しなのだ。


 しかしながら、こうして俺が実際に殺人を犯すのか?という立場に立たされると、どうしていいのか分からない。


 だが、俺は割となんとかなると思っていた。


 だってこの世界に来て最初にやったのは、ゴブリンとの殺し合いだぞ?しかも、割と迷いなしに剣を振っていた気がする。


 ........あれ、俺、この世界に適正ありすぎでは?


 迷いなく魔物を殺せてなおかつ何度でも死ねるメンタル。塔は俺がこの世界に適していると判断して呼び寄せたのではないかと思うほどに、適性が高い気がする。


 まぁ俺は、ローグライク以外は割とどうでもいいと思うタイプだしな。ハイちゃんとかエレノワール達の様に大切なものが増えたが、根本は変わらない。


 人はそう簡単に変われないのだ。


「ま、なんとかなるやろ知らんけどってメンタルで行きますか。んじゃレッツゴー」


 周囲の安全を確認した後、俺は暗く先が見えない洞窟の中へと入っていく。


 取り敢えず、周囲に魔物はそれほど多くなかったと言う報告はできるな。


 俺はエレノワールに持たされたカバンにつけるランプで周囲を照らしながら、洞窟の中へと入っていく。


 最近第二の試練をやり過ぎたせいか、自然と背中を壁に擦り付けるようにした時には思わず笑ってしまった。


「フハッ。完全に癖になってるな。でもいいか。後ろからの奇襲が防げるし」


 という訳で、移動続行。


 何故かオークの雄叫びやアルマジロンの突進、そしてホーンラビットの白い影が脳裏をチラつくが、俺はそれらがまやかしであると首を横に振る。


 やばい、脳が完全に塔の世界に支配されている。


 洞窟に苦い思い出が多すぎるおかげで、聞こえないはずの幻聴が聞こえてきてしまう。


 俺、精神科とかに行った方がいいかな?バーバラに頭を診てもらうか。


 そんなことを思いながら、さらに先へ先へと進むと分かれ道がやってくる。


 右か左か。どっちに行くべきか。


「うーん。俺は愛国心が強いから右で」


 聞く人によってはドン引きされそうな危ないネタを言いつつ、俺は右へと歩みを進める。


 今の所敵影などは見えないな。洞窟の中で視界が悪いとはいえど、魔物の姿ぐらい見えてもいいのに。


 と、しばらく歩いていたその時であった。


「グヲォォォォォ!!」

「おー、オークじゃん。やっほー」


 洞窟の奥から爆速で走ってくる魔物がひとつ。


 みんな大好きオーク君である。


 右手にはどこから調達してきたのか、大きな棍棒を手に持ってドスドスと足音を鳴らしながらこちらに向かって走ってくる。


 俺はこの時、ついに俺の幻覚もここまで来たかと自分の頭を心配していた。


 だってそうだろう?


 ついさっきまでオークの幻聴が聞こえてきそうな状態だったというのに、本当にオークが姿を現したらそうなるって。


 ここが塔の中では無いというのも相まって、俺の反応は遅れたのである。


「おーリアルな幻覚だな。俺もついにここまで来ちゃったかー」

「グヲォォォォォ!!」


 大きく棍棒を振りかぶるオーク。


 その時に髪を揺らした風によって、俺はこれが幻覚ではないとようやく気がついた。


 ........いや、本物じゃん。


 リアルオークじゃん。


 俺はここまで接近された事実よりも、オークが本物であることに驚きながら槍を突き出す。


 オークとは嫌という程やり合っている。お前の弱点や、どのような対応をしたら攻撃を封じられるのかはわかっているんだよ。


「刺突」

「グガァ?!」


 槍を素早く突き出し、振りかぶったオークの右腕を的確に貫く。


 オークの弱点その一。


 人間と同じ骨格をしているため、攻撃しようとした部分に合わせて攻撃すれば動きを止められる。


「扇」

「グガッ!!」


 オークの弱点その二。


 体重がかなりあるのでいきなり片足を切り落とさせると、バランスが保てなくなる。


 スキル3扇によって片足を切り飛ばされたオークは、バランスを崩して地面に倒れ込む。


「オラ、脳天ぶちまけろ!!」

「ゴピュ!!」


 オークの弱点その三。


 頭は弱い。思考力的にも、物理的にも。


 最後はスキルを使わずに、力任せにオークの頭をぶっ叩く。


 バキッと頭蓋骨が砕ける音と共に、オークはあっという間に死ぬのであった。


「危ない危ない........完全に幻覚だと思ってたわ。反応がもう少し遅かったら死んでたな」


 塔のやつめ。こんな所にもトラップをしかけているとは卑怯なり。


 塔の攻略をしすぎて頭がおかしくなっているな。いや間違いなく。


 この先もこんなミスが出るようでは、本当に死んでしまう。


 俺が死ねばハイちゃんが悲しむし、エレノワールが冗談抜きにギルドマスターを殺しに行くかもしれない。


 エレノワールは確かに頭がどうかしているヤベー奴だが、身内に対する感情は家族のそれを超えているのだ。


 そして、俺が死んだことによってギルドマスターが殺されるなんてことはあってはならない。


 前代未聞だろ。そんなの。


 リリーやムサシ、ニアも悲しむだろうし、死ぬなら塔の中だけにしないとな。


「ちゃんと切り替えないと。みんなに迷惑はかけられない」


 俺は自分の頬をパンパンと叩くと、ここが現実であり死んだら終わりのハードコアである事を頭に入れ直すのであった。





 後書き。

 先にネタバレしますが、今回は人殺しとか出てきません。

 ちなみに、ローグ君は割と普通に人を殺せるメンタルをしています。この世界に呼ばれた時点で...ねぇ?

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