不安


 バーバラとの一日デート券という報酬に釣られ、俺はギルドからの仕事を受け取った。


 バーバラのモフモフは原点にして頂点だからね。仕方ないね。とは自分に言い訳を言い聞かせつつ、俺はクランハウスに帰ってくる。


 時刻はまだ昼前。


 今日は取り敢えず色々と下準備をしなければならない。


 クランハウスに帰ってくると、そこには未だにモーちゃんをモスモスしながらカタログと睨めっこをするクランメンバーがいた。


 まだ見てたのかよ。どんだけ悩んでんだ。


「あれ?ローグさん。早いおかえりですね」

「ただいまリリー。ギルドから仕事を受け取ってね。ほら、なんでも第五階層を突破すると強制的に仕事を割り振られるらしいじゃん?」

「あー、アレですか。私もやりましたね。という事は、ギルドマスターにも出会ったのですね」

「そうだね。顔は怖かったけど、意外といいおっちゃんだったよ」


 俺がそう言うと、リリーの顔が少し暗くなる。


 え、俺変な事言った?


「いい人ではあるんですけどね........私、初めて出会った時に顔が怖くてちょっと能力を無意識に使ってしまったんですよね。お陰でギルドマスターから恐れられる事態になってまして。なにか私の事で言ってましたか?」

「いや特には何も。エレノワールがギルドマスターの部屋で実験をして部屋を吹っ飛ばしたって話は聞いたよ」

「アッハッハッハッハッ!!そういえばそんな事もあったな!!いやー懐かしい」


 笑い事では無いんだが?


 昔話をされて懐かしむような雰囲気で笑っているが、どう考えても笑い事ではない。


 ギルドマスターって滅茶苦茶偉いよね?すごくスゴイ人だよね?(語彙力)


 そんな人の部屋を爆破した挙句、この態度。そりゃ、問題児として扱われるわけだ。


 日本人としての心はどこに行ったんだよ。異世界に染まりすぎだぞこの人。


「あーあの爺さん、顔は怖いよな。俺も暇で刀降ってたら怒られたわ」

「当たり前なんだよなぁ........何?じっとしてられないの君達」

「僕は何もやってませんからね?むしろ、顔を出すと良くお菓子をくれますし」

「ニアは男女共に好かれてるからな。で、仕事の内容は?」

「この街の近くにある洞窟の調査と、周辺の魔物の掃除だね。どうやら魔物が多くなっているって報告があったみたい」

「へぇ。となるとあそこか。で、報酬は?」


 ニヤニヤとしながら聞いてくるエレノワール。


 こいつ!!俺の報酬が分かった上で聞いてきたやがる!!


 そういえば、この報酬はエレノワールの助言もあったって話をしてたな。しまった。この問題児に玩具を与えてしまった。


 しかし、別に言う必要は無いのだ。エレノワールに言う義務など存在しないのである。


「それは秘密」

「へぇ?!ってことは、言えないような報酬ってことか?!ムサシ!!」

「了解!!」


 俺の反応を待ってましたと言わんばかりに、エレノワールとムサシが動き始める。


 普段は喧嘩してばかりの2人だが、こういう時だけは何故か相性がいい。


 ムサシは素早く俺の後ろに回り込むと俺を羽交い締めにし、エレノワールは俺のポケットから素早く依頼書を盗み出した。


 やられた。こいつ、俺がこの反応をすることまで見越して........!!


「えーと報酬は........バーバラとの一日デート券?!ローグ、お前も男の子なんだな!!アッハッハッハッハッ!!」

「ハッハッハ!!やるじゃないかローグ!!........って言うか、知ってたけどな。ローグが家を出てからエレノワールが言ってたし」

「え?」


 途中までノリノリになっていたムサシが急に冷静になってネタバラシをする。


 え、みんな知ってたの?それはそれで恥ずかしいんだが?


「あ、ちょっ、言うなよムサシ。ここで顔を真っ赤にして恥ずかしがってるローグを揶揄うまでがお約束だろ?思春期真っ盛りの少年が顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿を見たくないのか?」

「うわキモ。死ねよババァ」

「はぁ?!ローグを羽交い締めにした時点で同罪だろーが!!この厨二オヤジが!!」

「その年でショタコンとか救いようがねぇな。1回死ねば?塔の中じゃなくて現実で」

「ぶっ殺す!!」


 急に始まったエレのワールとムサシの喧嘩。


 結局こうなるのかよと思いつつ、俺はさりげなく俺の頭の上に登ってきたハイちゃんを抱き上げてモスモスする。


「........(モス)」

「ハイちゃん。なんで人間ってこんなに馬鹿なんだろうね」

「........(モス)」


“せやな”と言いたげな感じで頷くハイちゃん。


 なんだか恥ずかしさとか吹っ飛んだわ。こんなバカ同士の喧嘩を見てたら。


「バーバラさんとのデートですか。いいですね。私も今度から報酬をそれにしてもらいましょうかね?」

「無理だよリリー、バーバラさんは........ほら、アレだから」

「分かってますよ。それにしてもローグさんは本当にその報酬でよかったんですか?」

「え?あぁ。今度ハイちゃんを見せてあげる約束もしたし、丁度いいかなって」


 あのニアくん?そのアレってなんですか?


 俺は気になる言葉を口にしたニアに聞いてみたかったが、多分言ってくれないのでそれ以上は何も聞かなかった。


 バーバラに何かあるのかな?まぁいいや。


「下準備は大切だよな?何が必要とかある?」

「お、いいですね。1人でやろうとせずに、先輩に聞く。分かってるじゃないですかローグさん。使えるものは全て使わないとですよね」

「とは言っても、そんなに必要なものはないと思うと。地図はギルドが用意してくれるし、武器も塔の報酬で出たって言ってたよね?となると、あとはご飯と持ち運び用のテントぐらいかな?」

「買いに行きましょうか。もちろん、お代はエレノワールさん持ちで。ローグさんをからかった罰です」


 そうか。明らかに日を跨ぐ依頼内容だから、野宿ができるような装備が必要なのか。


 ってことはつまり、数日の間ハイちゃんに会えないってコト?!


 やばい、依頼内容とかの不安よりもハイちゃんと離れることになる方が辛い。


 嫌だよ。俺、一日モスモスできなかったその日を越えられる気がしないよ........


「ハイちゃん。ちょっと暫く会えなくなるかも........」

「........(モスっ、モスー)」

「そうだね。ハイちゃんも寂しいよね。やっぱりこの依頼速攻で失敗しようかな........」

「........(モスモス?!)」


 流石にそれはダメだよ!!と言わんばかりに驚くハイちゃん。


 俺よりもハイちゃんの方がしっかりしてそう。


 あーでも、ハイちゃんと数日会えなくなるのは辛いなぁ。ハイちゃんの毛玉で御守りとか作ろうかな。いや真面目に。


 俺はそう思いつつ、何気に初めて1人で受ける依頼に不安を募らせるのであった。




【攻略者ギルドからの依頼】

 攻略者ギルドが攻略者を指名して行う依頼。主に魔物の討伐がメインとなるが、特異な技能を持っている者にも仕事が割り振られることがある。(断ることも可能)

 報酬は基本金。ローグのようなケースはかなり稀であり、相手がOKを出さなければならないのだ。




 攻略者ギルドの横にある医療施設。


 そこで働くバーバラは、とても機嫌が良かった。


「今日は機嫌がいいですね?」

「ん?あぁ。ちょっと楽しみがあってな。最近、エレノワールの所に来た子が居るだろ?」

「確か、幼い少年でした........あっ」


 塔で死んだ攻略者のひとりが、何かを察する。


 そして、苦笑いを浮かべながらこう言った。


「ダメですよ?」

「分かってる。流石に弁えているし、嫌われたら真面目に泣く。とは言えど、楽しみなものは楽しみだ。なんでもモスを見せてくれるらしい」

「モス?何故に?」

「さぁ?ただ、あの子の話を聞く限りかなり可愛い子らしいな」


 バーバラはそう言うと、1週間後を楽しみに待つのであった。

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