エレノワールという英雄


 攻略者ギルド。


 それは、この世界の塔を攻略するもの達にとって欠かせない存在であり、塔が存在しているからこそ存在する組織である。


 塔に登る攻略者達を管理し、この世界の安全を守っていると言っても過言では無い攻略者ギルドは、大抵の国では大きな権力を握っている。


 この国も例に漏れず、攻略者ギルドはかなりの力を有していた。


 そんな国家権力とも言えるような組織からのお呼び出し。


 地球にいた頃は一端の市民として生きていた俺からすれば、緊張するのも無理はない。


 だって、日本で例えたらいきなり国会議事堂に呼ばれるとかそう言うレベルの話だからな。


 いや、一応民間企業扱いだから、ト〇タとかソ〇ーとかそこら辺の大企業にいきなりお呼び出しされたと言った方が正しいか。


 やばい。そう考えると変な汗が出てくる。


 この世界に来る前は半分ニートの高校生をやっていただけに、慣れないことをしよいとすると嫌という程汗を垂れ流すものだ。


 普通に怖い。助けて。


「んだとゴラァ!!」

「やんのかオラぁ!!」


 嫌な汗が背中を伝っている中、攻略者ギルドの扉を開くといつもの喧騒が耳に入ってくる。


 ここは本当に喧嘩が多い。


 エレノワールに連れてこられた時は女を取り合って殺しあっていたし、換金の為に訪れる度にどっかの誰かが喧嘩をしているのが日常。


 一番怖かったのは、女攻略者同士の喧嘩だ。


 野郎共は殴り合いで決着をつける場合が多く、それは女攻略者の場合もほとんど変わらない。


 しかし、その戦い方が違いすぎる。


 野郎は正面切っての正々堂々。女の場合は、不意打ちからの一撃KOを狙うのだ。


 いやね。急にガシャーン!!とか音が聞こえて何事かと思ったから、女攻略者の1人が相手の髪を掴んで机に思いっきり何度も叩きつけている光景が見えるとは思わなかった。


 しかも、ご丁寧にその下には割れた皿があるのだ。


 怖ぇよ。そっち系の漫画でしか見たことがないような光景だよ。


 今どきのヤンキーやヤクザ漫画でもそこまではやらんやろと思うぐらいには、相手の顔面を滅茶苦茶にしていたのだから、俺はドン引きである。


 そう考えると、振り向いてはならない恐怖を植え付けてくるだけのリリーって滅茶苦茶可愛いんだな。


 怒らせなければ、漫画アニメ大好き少女であり、家事も得意な可愛い子なのだから。


「いいぞやれやれ!!」

「俺はあっちのモヒカンに賭けるぜ!!」

「俺はあのハゲに5000ゼニーだ!!」


 そして、喧嘩が巻起これば周りの連中は楽しそうに賭けを始めるのも日常茶飯事である。


 この世界にいるととことん価値観が変わりそうだ。喧嘩は当たり前で、それを見て賭けを始めるのも当たり前。


 海外に行って“価値観が変わった!!”とか言ってる奴は、多分こんな感じなんだろうな。


「また馬鹿どもが騒いでますね。おはようございますローグさん」

「あ、おはようございます。シャーリーさん。今日も騒がしいねここは」

「騒がしくない時がないぐらいには騒がしいですよ。ほんと、死ねばいいのに」


 こんな光景を毎日見させられているエルフの美人受付嬢シャーリーさんの元へとやってくると、彼女は笑顔で俺の対応をしながら毒を吐く。


 さすがはプロ。こういう時でも笑顔を崩さない。


「攻略者ギルドに呼ばれたって話を聞いてきたんだけど........」

「えぇ。分かってますよ。第五階層を攻略した期待の新人ですからね。ギルドマスターが待っていますから、今案内します」


 え、ギルドマスター?


 ギルドマスターと言えば、その攻略者ギルドの中で最も偉い人物のことを指す。


 つまりは社長だ。


 一介の社員が........いや、社員ですらないアルバイトがいきなり社長に会うとか荷が重すぎないか?


 俺、礼儀作法とか何も知らないんだけど。


 俺がギルドマスターに会うと聞いてガチガチに緊張していると、その様子を見ていたシャーリーさんがフフっと笑う。


「そんなに緊張しなくてもいいですよ。エレノワールさんのクランに所属している方に失礼なことはしませんので」

「........そう?むしろ、エレノワールのところの厄介者が来やがったな!!とか言われそうで怖いんだけど」

「あはは!!ローグ君は知らないでしょうが、エレノワールさんのところのクランは国王相手にタメ口を聞けるぐらいには権力があるんですよ?あんな頭のぶっ飛んだ人ですが、この国でその名を知らない攻略者は存在しないほどには有名ですし」

「そうなの?」


 エレノワールは過去をあまり語らない。


 と言うか、明らかに地雷臭すぎて聞けもしない。


 俺がこの世界にやってくる前からこの世界で生きてきた人物にして、この世界で日本人が生きていけるための基盤を作ったある意味の偉人。


 俺が最初、牢屋にぶち込まれそうになったことを考えると、なんの後ろ盾もなかったエレノワールがこの世界で生き抜いて来た歴史は並大抵の努力では無いだろう。


 そのぐらいは俺にでもわかる。


 が、国王相手にタメ口を聞けるぐらいには権力があるとは知らなかった。


 エレノワール、何をやったんだよ。


「6年ほど前ですかね?戦争があったのを知っていますか?」

「あぁ。どっかの隣国とやりあった時の話?エレノワールから少し聞いたよ」

「あの時に戦場で大暴れし、挙句の果てには国王に向かって“口うるせぇジジィだな”と言い放ったのがエレノワールさんです。1歩間違えればお尋ね者でしたが、国王が寛大であった事と、その戦果の凄まじさから特例で2人だけのクラン設立を果たした国家お墨付きなんですよ」

「えぇ........」


 そんな話、一言も聞いてないんですけど。


 時期的に戦争に参加していてはいたんだろうなとは思っていたが、まさかそこで戦果を挙げただけではなく国王相手に“ジジィ”と言い放っているとは思わなかった。


 クラン設立もその時期だったんだな。普通に知らなかったぞ。


「その戦争によってエレノワールさんはムサシさんと共にクランを設立。当時この街で幅を効かせていたクランと一悶着あったそうですが、今はすっかり街に馴染んでますね」

「へぇ。それは知らなかった。エレノワールって凄いんだな」

「凄いんですよ。実績だけを見たら。おかげでギルドマスターもエレノワールさんのクランには強く出られませんし、何より普通に問題児ずぎて関わりたくないとまで言っています。ニアちゃんぐらいですかね?あの中でまともなのは。ギルドマスターもニアちゃんになら仕事を任せられると言ってますし」


 ニア、サラリとちゃん付けされている件について。


 男の子とは思えない可愛さをしているニアくん。俺も“実は女の子なんじゃないかな”とか思って居たりするので、心の中ではニアきゅんと呼んでいたりするのだが、やはりあの見た目で男は無理がある。


 ムサシも“男として接するには無理がある”と言っているぐらいだし、同じ部屋で着替えする時とかもすごく気を使うらしいからな。


 やっぱりニアきゅんは女の子。確認できない限りは男と女が共存する。


 つまり、ニアきゅんはシュレディンガーの猫だった........?


 そんなアホなことを思いつつ、俺はエレノワールが如何に凄い人物なのかを改めて知った。


 国の英雄とすら言われるレベルの功績を残しているらしく、普段の問題行動がなければ本当に市民から賞賛されるに値する人なんだとか。


 その普段が問題を起こしすぎて、いつも悪口を面と向かって言われているらしいが、それでもエレノワールを尊敬する人は多いらしい。


 元々コミュ力も高いからねあの人。


 俺って本当に運がいいんだな。そして、エレノワールが居なかったら、この世界を楽しめていないんだなと実感するのであった。




 後書き。

 エレノワールは、実績だけ見たら滅茶苦茶英雄。実績だけ見たら(大事な事なので2回

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