初めての依頼

新たなモス


 このちょっと変わった異世界に来てから約3週間が経過した。


 時の流れとは早いものだ。つい先日この世界に来たかと思えば、俺は既にこの世界の一員として塔の攻略に勤しんでいるのだから。


 塔と呼ばれる謎の建造物にこの世界を支配され、才能によって人々の人生が決まるこの世界。


 最初こそ色々と不安もあったものの、気がつけばローグライクをやる為に毎日のように塔に潜っては死んでを繰り返している。


 俺にはこの世界で生きる才能があった。となれば、あとは好き勝手にやって生きていくだけなのだ。


 地球にいた頃には諦めていた可愛いペットも飼えたし、正直な話、日本にいた頃よりも全然充実した毎日を送っている。


 両親は急に消えた息子のことを心配しているのだろうか?........いや、あまり心配していなさそうだな。うちの両親のことだし。


 当たり前だが、俺にも親がいる。


 俺の親は基本的に放任主義のちょっと頭がおかしい人であり、“お前が犯罪者になろうが知ったこっちゃない”と言うスタンスを貫く変わり者なのだ。


 親としてそれはどうなの?とは思わなくもないが、子供からすると割とこういう親は神だったりする。


 バイトも自由だし、一日中家に引き篭ってゲームをしていても何も言われない。


 子供の頃、親に勉強しなさいと言われて嫌々勉強していた子供達からしたら、確かに神同然のような親と言えるだろう。


 良くも悪くも放任主義。今思い返せば、割と我儘を聞いてくれたりそれなりに愛情を持って接してくれていたとは思う。


 が、あの二人が俺が消えたからと言って悲しむとは想像しにくくかった。


「不思議とホームシックになったりしないんだよな。放任され続けたやつの運命か........」

「........(モス?)」

「ハイちゃんは俺の前から勝手に居なくなったらダメだよ?多分立ち直れないだろうからね」

「........(モス???)」


 急にそんなこと言われても、話の内容が分からないと言わんばかりに首を傾げるハイちゃん。


 可愛いかよ。可愛すぎるかよ。


 やっぱりウチのハイちゃんは可愛いなぁ。


 このモスモスとした触り心地と、愛くるしい仕草。


 一緒に寝たいからって、俺の服の中に入り込んで無理やり寝ようとしてくるところも可愛い。


 しかも朝起きると嬉しそうに俺の顔に張り付くのだ。


 なんだよこいつ。完璧かよ。


 それでいながら、普段家を空けがちな俺の事をちゃんと理解して必要以上の我儘は言ってこない。


 俺が本気で疲れている時は、癒してくれるし。世話も大して手間が掛からないのだ。


 逆に何ができないんだハイちゃん。


 そう思うぐらいには、ハイちゃんは完璧である。


 ちなみに、モスのことをよく知ろうと調べたのだが、学者曰く“なぜ現在まで種が生存しているのか分からない”と言われるほどにのんびり屋で弱いらしい。


 一応、頭を使った罠を張って身を守るらしいのだが、それ以外に戦闘力がなく、食われてもおかしくないそうだ。


 きっと神様もこんな可愛い種族を絶滅させるなんてありえない!!とか言って、加護をくれたんだよ。俺は勝手にそう解釈している。


「ハイちゃん、一人で留守番している時寂しかったりする?」

「........(モス?)」

「いや、寂しかったらモフットとかそこら辺も飼ってもいいかなって。ほら、一人でいるよりは二人の方がいいだろ?」

「........(モス!!)」


 モスは人の言葉を理解する。


 ハイちゃんは全力で首を横に降ると、今までに見た事がないほどの拒絶反応を示した。


 嫌なんだ。そういえば、ハイちゃんはひとりが好きな子だったな。


 1人が好きなのか、コミュ障すぎて1人の方がいいのか。ちょっと分からないが。


 かくいう俺も、この世界に来る前は割とボッチだったので、気持ちは分かる。


 学校にはちゃんと通っていたが、話し相手とか1人もおらずかなりの苦痛であったのは間違いない。


 ローグライクで盛り上がれる友人が居なかったのだ。


 友達欲しいなと思って、スマホゲーをやっているやつの会話とかこっそり盗み聞きしていたのだが、どれもソシャゲばかり。


 ローグライクやろうぜ!!と話しかける気になれず、結果、高校ぼっち生活が始まっている。


 興味無いやつに無理やり勧めても、結局やらないしな。


 俺は、自分の好きな物を他人に押し付けるようなやつにはなりたくなかった。


 ちょっと昔にローグライク系のゲームが流行り、学校の中でも多少話題になったことがあるのだが、その時には既に個人個人のコミュニティが出来上がっていて俺が入れる余地もなし。


 今から高校生活を始めたり、学年が変わる学生たちに言いたい。


 勇気をだして声をかけろと。そして、出来れば部活には入っておけと。


 クランと言うある意味部活のようなコミュニティに所属したら、あっという間に友人ができたのだ。


 ニアやリリーのロリショタ組とはよく話すし、暇な時間にボードゲームをしたりもする。


 ムサシは野郎でしか話せない話をしたりもするし、割と気が合う。


 エレノワールは........まぁ、いい姉貴分だよな。この前クランハウスで実験かなんかをしていたらしく、部屋のひとつが吹っ飛んだけど。


 組織に属するだけで、簡単に友人はできるのだ。もちろん、空気読みが必要な時もあるだろうが。


 ........なんの話ししてたっけ。


「んじゃ、お留守番よろしくね。できる限り早く帰ってくるからさ」

「........(モス!!)」

「それと、エレノワールに何かされたら言うんだぞ」

「........(モス)」

「あはは!!ハイちゃんは可愛いなぁ」


 エレノワールの名前を出した瞬間、目に見えてテンションの下がるハイちゃん。


 エレノワールが本当に苦手なんだな。


 多分、本能的に無理と言うやつだ。


 当の本人は、ハイちゃんを可愛がりたくて仕方がないというのに。


 そんな事を思いながら、ハイちゃんと遊んでいると、扉の向こうからドタバタと言う足音が聞こえてくる。


 ここまで騒がしい音を立てながら走るのはエレノワールしかいない。


 ハイちゃんは静かなのが好きだから、こういう細々としたところでも嫌われる要素になりそうだよな。


 と、思っていると、俺の部屋の扉がバン!!と開かれる。


 まさか、俺の部屋に突っ込んでくるとは思ってたかった俺とハイちゃんはビクッと身体を震わせ、二人でエレノワールを睨みつけた。


「ハイちゃんにさらに嫌われるぞ」

「フッフッフ。それは悲しい。ごめんねハイちゃん」

「........(モスぅ)」

「あぁ、そんなに睨まないで!!私の心が削れていくから!!」


 この女、あまりにも自由すぎる。


 と、ここで俺はあることに気がついた。


 エレノワールの頭の上になんか白いモスモスが乗っている。


 おいまさか、本当にこいつモスを........


「エレノワール。その頭の上にいるのは........」

「ハッハッハ!!よくぞ聞いてくれたな!!私の可愛い可愛いペットちゃんこと、モーちゃんです!!」

「........(モスっ!!)」


 エレノワールの紹介に合わせて、“よろしく”と言わんばかりに手を上げるモーちゃん。


 本当にこいつ買いやがった。


 ハイちゃんのモスモスが味わえないからって、本当にモスを買ってきちゃったよこの人。


 こういう行動力の凄さは見習うべきなのかもしれない。いや、見習ったらこうなるのか?


「フッフッフ!!この子は基本大人しいモスの中でもかなり活発的な子でね!!私と相性が良かったのさ!!」

「でしょうね。今もエレノワールの頭の上でペシペシしてるし」

「可愛いだろう?もうモスモスなのはハイちゃんだけの権利じゃない!!」

「そういうところやぞ、ほんま」


 こうして我が家に現れた一匹のモス。


 またこのクランハウスがやかましくなりそうだ。


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