試練への強化


 オークの下敷きになって圧死すると言う新しい死に方を体験した俺は、その日の攻略を諦めてハイちゃんに癒された。


 モスと言う魔物はとても賢いらしく、俺が疲れている事を察すると自分の番だと言わんばかりに駆け寄ってきてはそのモスモスな身体を堪能しろと甘やかしてくれる。


 ハイちゃん大好き。もうハイちゃんと結婚するわ。


 そんなこんなでメンタルがやられつつも、翌日。


 ハイちゃんの素晴らしいモスモスパワーを受け取った俺はケロッとした顔で、ふたたび塔へと訪れていた。


 オークに圧死した?火力が足りない?


 関係ねぇよ。うるせぇよ。


 ローグライカーとして、負けっぱなしは性にあわない。クリアするまで俺は挑み続けるんだよ。


 そして、勝つとその快感をもう一度味わう為に挑むのだ。


 勝っても負けても挑み続ける。


 これがローグライクの魔力。これが、ローグライクの魅了されてしまった人間の末路である。


 途中で萎えることはあっても、最後にはまたやりたくなって戻ってきてしまう。それがローグライクの恐ろしさなのだ。


 最早合法ドラッグ。上振れたバカビルドを作って無双している時とか、きっと凄まじい快楽物質が頭の中を巡っているに違いない。


 そんな合法ドラッグに脳を支配された俺は、塔に入ると首を傾げていた。


 なぜか。


 それは、新たに追加された項目が存在していたからである。


「試練への強化?なんじゃそりゃ」


“試練への強化”という項目の追加。


 なんの説明もなしにこれだけを出されていたら、そりゃ首も傾げたくなる。


 本当に初心者に対して優しくない試練だ。最低限の説明ぐらいしてくれても良いじゃないか。


 俺はそんな事を思いながら、試練への強化の項目を開く。


 一体何が原因でこんな項目が追加されたのだろうか。


「........あー、なるほど?永続的な初期強化かこれ。救済措置によく見られるな」


 試練への強化と言う項目を開くと、そこには幾つかの選択肢が用意されていた。


 攻撃、防御、素早さ、魔力........etc。


 いくつもの項目が用意されており、その全てにポイントを振るための項目が用意されている。


 ローグライクは、正直な話初心者が簡単に攻略できるものでは無い。


 ある程度経験をしたとしても、クリア出来ない時は本当にクリア出来ないのだ。


 ゲームが面白くても、その人のプレイ技術上どうしてもクリアが困難な事がある。


 言っちゃ悪いが、ローグライクが向いていないタイプの人もいるわけだ。


 でも、ローグライクは好きでやりたいしクリアしたい。


 そんな人の為に、用意された救済措置という物が最近のローグライクには用意されている。


 例えば、攻略の難易度自体を下げるシステムや、途中で死んでも少し強化した状態で死んだ場所からやり直せるもの等。


 クリアだけを目的とした場合の救済措置を用意しておくと言うのが、今どきのローグライクである。


 ちなみに、昔の伝統的なローグライクにそんなものは無い。だから余計に難しいんだよな。俺の場合は単純に肌に合わなくてやらなかったが、えっぐいゲームだ。


 初心者お断りのマゾゲーなのがよく分かる。


 そんなローグライクの数多くある救済措置の中でも代表的な救済措置。


 それが、キャラ自体の性能を上げる強化システムである。


 プレイする度にポイントを獲得し、そのポイントを使って自身を強化。そして、強くなったキャラを使って楽に攻略しようぜ!!というものである。


 ゲームをプレイする度に難易度は下がるし、ポイントを獲得しようとする都合上何度も挑む事でゲームへの理解を深められる。


 そんな素晴らしい救済措置なのだ。


「まぁ、周回が面倒でゲームを辞めるなんてのもよくあるけどな」


 この塔の試練にも救済措置があるそうだ。いや、救済措置と言うか、周回要素が。


 しかし、俺は素直には喜べなかった。


 何故か。


 それはある可能性が頭の中によぎったからである。


「これ、強化前提の難易度だから、強化システムが用意されているとか無いよな?........無いよな?」


 強化前提の難易度をしているから、強化項目を追加した可能性。


 有り得る。


 ものすごく有り得る。


 と言うか、それ以外に考えられないぐらいには可能性が高い。


 だってよく考えてみろ。


 例えばこの先、一番最初のステージからドラゴンが出てくるような試練に挑戦することがあったとしよう。


 ドラゴンと言えば、この世界でも屈指の強者にして最強の種族である。


 そんな化け物を相手に、ゴブリンやスライム相手にいい勝負を繰り広げていたやつが勝てるのか?


 天変地異が起きて天地がひっくり返るようなことがあれば別だが、そんな事はほぼ無いだろう。


 俺がどこかの達人に教えを乞い、武術の達人になるとかならばともかく。


 そんなクソゲーを俺もやりたくない。


 ステージが始まった瞬間、ドラゴンのブレスで即死とか笑い話にもならない。どうやって勝つんだよそんなゴミゲー。


 塔は理不尽だが、クリア出来ない難易度の試練を与えることは無いと言われている。


 つまり、この強化が前提の難易度をしていてもおかしくは無いのだ。


 通りでオークやアルマジロンが強く感じたわけだ。そりゃゴブリンとオークが全く同じ強さしているわけが無いもんな。ステージが進めば敵が強くなるのは当たり前だもんな。


 むしろ、タイマンではよく勝てたな俺。


 自分で自分を褒めてやりたい気分だ。


「........死にまくってポイント集めて強化してから挑もうねって事か?クソゲー過ぎるだろ。いや、結局のところ死にまくるだろうからいいんだけどさぁ」


 まだ確認もしていないのに、俺の頭の中では強化前提の難易度であると解釈してしまった。


 だってそうだろう?ちょっと考えれば誰だって分かる。


 今の俺がオークを複数体相手できるか?


 無理だ。スキルカードで強化しても、かなり上振れを引かないと厳しい。


 素の性能がゴミ過ぎて、話にならないのである。


 タイマンなら逃げながら戦えばいいが、それが出来ない時だってごまんとあるのだ。


「強化前提の難易度は勘弁してくれよ。それを強制されるのはダルいって。いやまぁ、やりますけどね?やればいいんでしょやれば」


 多分、上手くやれば強化無しでも勝てるだろう。これがゲームなら、縛りとして強化しないという手もあった。


 しかし、この塔の試練は何度も言ってきた通り、ゲームのようであってもゲームじゃない。


 死ぬ時は痛いし苦しいのだ。


 流石に縛りプレイして苦しみながら死にまくる趣味は無いのである。


「とりあえずポイントが一つあるからどれか一つは強化出来るな。んじゃ、攻撃を強化しておこう」


 俺はそう言って、獲得していたポイントを攻撃に割り振る。


 すると、攻撃Lv1という表記に変わり、何となく俺の身体が強化されている感覚がした。


 これで多少は火力不足が解消した事だろう。


「うわぁ。次のLvに上がるには3ポイント必要なのか。ポイント回収の効率も考えないといけないな」


 分かってはいたけど、Lvが上がる事に次の強化に必要なポイントが増えるらしい。


 ポイントの獲得条件もちゃんと把握しておかないとな。


 効率のいい回収の仕方を考えないと。


「塔の試練め。面倒なシステムを導入してきやがって。これ、絶対ダルいよ絶対面倒だよ。あー、周回ダルいよ」


 俺はそう言いつつ、試練に挑む。


 この時の俺は気づくはずもないのだが、どうやら俺は文句を言いつつもこの状況を楽しんでいるのか、口元が笑っていたらしい。


 俺は、どこまで行っても生粋のローグライカーなのだ。





 後書き。

 この強化は塔の外に出ても有効です。やったねローグ君‼︎君も人外への一歩を踏み出した‼︎

 そして、先に言っておこう。この強化は『前提』であると(白目

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