振り向いてはならない


 チンピラに絡まれたが、エレノワールがカッコよすぎてそれどころでは無かった。


 男よりも男前なその姿。俺を守ってくれたその背中は、あまりにも大きい。


 これがこの世界で日本人が生きて行くための基盤を作った天才、エレノワールか。


 彼女が居なかったら俺は今頃、泣きながら今日の稼ぎを持って行かれていたかもしれないと思うとホットする。


 やはり、日本よりは治安が悪いな。


 いやまぁ、この世界に来て二日目にして女の取り合いで殺し合う様子を見てたのだから当たり前なんだが。


 日本じゃ包丁を抜きみで持っている時点でアウトだよ。


 そんなこんなで、お礼も込めてエレノワールに飯を奢り、クランハウスに帰ってきた。


「お、おかえり」

「ムサシかよ」

「出迎えてやるだけ有難いと思えコノヤロウ。独り身よりは楽しいだろ?」

「否定はしないが、認めたら悔しい」

「お前マジでめんどくさいなぁ。そんなんだからいつまでたっても独身のままなんだぞ」

「ハッハッハ!!殺すぞテメー」


 早速喧嘩を始める二人。


 ムサシとエレノワールの付き合いは長いらしい。この程度の言い合いはじゃれ合い程度でしかないと言う。


 なんか既に殺気が見えている気もするが、多分じゃれ合いだ。多分。


「あ、ローグおかえり」

「ただいまニア。今日も殺されてきたよ」

「へぇ。何で死んだの?」

「目を貫かれて脳を抉られたな。痛かった」

「あー、目に来る系は嫌だよね。しばらく記憶に残ってトラウマになるよ」

「でも、スっと死ねただけマシかもな。窒息死の方が辛かった」

「あはは!!ローグもすっかり攻略者だね。ある程度死んだ経験があると、みんなこう言うよ“痛みなく死ねるのが1番いい”ってね」

「5回死んで思うよ。痛い苦しいが無くて死ねるのは慈悲なんだな」


 死は救済。


 正確には、痛みを伴わない死は救済である。


 1週間前なら間違いなくこんな考えはしていなかったが、今の俺はそう思うようになっていた。


 痛いよりもスっと死ねる方がいいね。


「そういえば、今日はカツアゲにあったぞ。日本と違ってやっぱり治安が悪いなここは」

「これでも結構いい方なんだけどね。本当に酷いところなんて1人で出歩けないし。僕が半年ぐらい前に仕事で行った街は凄かったよ。領主がまるで仕事をしていないのか、メキシコにでもいる気分だった」

「道端に死体でも転がってるのか?」

「うん。普通に転がってたよ。しかも、腐りかけてるから臭いがすごくてね........」


 冗談で言ったつもりだったのに、普通に返された。


 マジかよ。この世界、俺が思っている以上に治安が悪いのか。


 この街に転移してきたのはある意味幸運だったんだな。もしそんな街に転移してきていたら、今頃俺は死んできたかもしれない。


「後、盗賊とかも普通にいるから気をつけてね。街の近くなら別なんだけど、少し離れると当たり前のように出てくるから」

「嫌すぎる世の中だ。エレノワールに助けてもらいたいよ」

「まぁ、生きていればエレノワールが助けてくれるよ。あの人はいつもあんな感じだけど、仲間思いでいい人だからね。ほら、昨日みんなで仕事に出かけたでしょ?アレも、ローグが僕達の輪の中に入れるようにしてあげようって言う心遣いからだっただろうし」


 確かにそんな意図は透けて見えていたな。俺が塔に潜りすぎて、あまり会話ができてないからって理由で。


 こうして見ると、かなりエレノワールは考えているのだろう。


「あぁ?なんだと厨二病の治らない痛々しい大人が!!年齢を考えろよジジィ!!」

「誰がジジィだこのババァ!!若作りすんのもそろそろ限界してんだろ?!」

「んだとゴラァ!!表出ろや!!爆破してやるよ!!」

「上等だゴラァ!!そんなチンケな爆破物はぶった切ってやるよ!!お前ごとなぁ!!」


 ........今はめっちゃ喧嘩してるけど。


 あれ大丈夫?本気で殺し合いしそうな雰囲気なんだけど。


「あはは。相変わらずだねあの二人は。また衛兵さんが来ちゃうかな?」

「いつもこんなこん時なのか?」

「うん。ローグが来たからちょっと大人しくなってたけど、もう慣れたからなのかな?エレノワールもムサシも普段通りになってるね」

「いいのか?このまま行くと、本当に殺し合いしそうなんだが........」

「大丈夫大丈夫。二人とも喧嘩程度じゃ死なないし、いつもの事だからね。後、僕達の実力じゃ二人は止められないよ。昔僕も止めようと頑張ったりしたけど、無理だと思って諦めたね。こういうのはリリーが得意なんだ」


 それでいいのか。


 今にも殺し合いしそうな2人は、睨み合いながらギャーギャーと騒ぐ。


 そしてそのまま家を出ようと扉を開けると、2人の動きがピシッと固まった。


「ただいま帰りましたよ。エレノワールさん、ムサシさん」

「お、おかえりリリー。それじゃ、私はこれで」

「お、おう。おかえり。んじゃ俺はこれで........」


 急に借りてきた猫のように大人しくなる二人。


 そして先程の言い合いが無かったかのように、そそくさと家の中に戻ろうとする。


 が、それを許すほどリリーは優しくなかった。


「エレノワールさん、ムサシさん。正座」

「「ヒッ........!!」」


 一瞬、その場の空気が冷たくなる。


 エレノワールとムサシは何かを察したのさ爆速で逃げようとするが、リリーの見えない力によって押さえつけられたのか二人とも途中から動かなくなってしまう。


「あーあ。リリーが帰ってくる前に辞めればよかったのに........ローグに教えてあげるよ。このクランで生きていきたいなら────」

「お二人共?どこへ行くのですか?」


 にっこりと笑うリリー。しかし、その顔はいつもとは大きく違い、恐怖しか無い。


 エレノワールとムサシも顔が引き攣っていた。


「─────リリーは敵に回しちゃいけないよ」


 ぞわり。


 背中が寒くなる。


 誰も居ない夜道の帰り、ふと背後に気配を感じて振り向いた事が無いだろうか?


 あの時の感覚がさらに濃くなった感じ。振り向いたら、絶対にやばい。


 そう思わせる何かが、今俺の後ろにいる。


「喧嘩するのは仕方がありませんよ?人間である以上、食い違いやすれ違いはありますから。ですが、喧嘩するにしてももう少し声を抑えましょう。いつも言われてますよね?いつもクレームが来てますよね?それの対応をしているのは誰ですか?」

「「リリーさんです........」」

「そうですよね。貴方達は大体家にいませんからね。必然と家にいる事が多くなる私が対応する形になりますよね?私の苦労、考えてますか?私が何もやってないのに、毎回クレーム対応する私の気持ちが分かりますか?」

「「はい。ごめんなさい」」

「これで何回目ですか?特にエレノワールさん。拾って頂いたことに感謝をしていますし、恩も沢山感じています。ですが、好き勝手にやりすぎですよね?........ね?」

「はい。ごめんなさい........」


 怖っ........


 リリーちゃん、マジギレである。


 俺は新参者すぎて分からないのだが、どうやらエレノワール達がやらかした時のクレームはリリーが対処することが多いらしい。


 そりゃ、怒るわな。怒るって言うか、叱るというか。


 いい歳した大人二人が、ロリっ子に正座させられて叱られている。


 しかも、未だに背中になにかが張り付いているまま。


 後ろを振り向いてはならない。ニアが俺の手を握り、首を横に振る。


“振り返っちゃダメ”と。


 ........ニアの手、とても柔らかいな。凄い、女の子みたい。


 ニアが手を握ってくれたお陰で、俺の恐怖心は安らぐのであった。


 ちなみに、2人は罰として明日からの1週間のご飯を作ることになった。


 リリーは怒らせちゃいけない。俺の勘は正しかったな。




 後書き。

 それは決して振り向いてはならない。振り向いてしまった時、貴方の精神は壊れ、人では無くなるから。

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