見た目変更
この世界で生きて行くためには、この世界にできる限り寄り添った姿をしなくてはならない。
日本人だって、自分達とは違う髪色や名前をしていたら無意識に差別してしまうものだ。そこに悪意がなかったとは言えど、この人は日本人じゃないんだなと思われる。
この世界でもそれは同じだ。
俺達のようなよそ者は、できる限りその世界に合わせた姿をしなければならない。
という訳でやってきたのは、美容室であった。
エレノワール曰く、ここで髪を染めたり目の色を変えるらしい。
「一応聞いておくが、自分の髪色や目にアイデンティティがあるわけじゃないよな?どうしても嫌なら強制はしないぞ」
「そんなアイデンティティは無いよ。変な色じゃなきゃ問題ないさ」
「それは良かった。ウチのムサシなんかは、そういう所をこだわるやつだからな」
ムサシ........あぁ、昨日俺を歓迎してくれた刀を持ったおっさんか。
確かに彼は日本人としての姿のままであった。黒髪黒目、そして名前も日本人らしいムサシという名前である。
服装も確か袴だったはずだ。一人だけ生きている時間が違う。
「ムサシのように変えないと不便があるんだろ?」
「ある。特に教会関係だな。宗教色が強くは無いとは言えど、多少なりとも宗教の力は及んでいる。特に、教会は傷を癒す回復系統の才能を持った奴らを囲いこんで、お布施という名の金をせびることが多い。そんな彼らにとって、黒というのは闇を連想させ、人々に恐怖を与える象徴だ。あまりいい顔はされないだろう?」
ありがちな話だな。
俺は宗教について詳しくないが、黒色というのをあまり好んでないというイメージは確かにある。
逆に、白は絶対的な正義として考えているイメージだな。
「黒髪黒目は嫌われると。話からするに、教会関係の場所での待遇が悪くなるのか?」
「端的に言えばそんな感じだ。ムサシもそれで苦労していたな。ちなみに今でも仲が悪い。まぁ、これはムサシだけが原因じゃないんだが────」
「エレノワールちゃーん!!待ってたわよー!!」
エレノワールの話を美容室の前で聞いていると、横にいたはずのエレノワールがどこかに消える。
吹っ飛んで行った方向を見ると、扉をぶっ壊してエレノワールが倒れていた。
........知らない女の人と一緒に。
エレノワールと同じく深紅の髪をした、小さな人。身長こそないが、その見た目はかなり美人である。
ドワーフか。
獣人以上に筋力に優れている代わりに、身長が小さく機動力に欠ける種族ドワーフ。
特徴はなんと言ってもその身長の小ささ。大きくても120cm程度しかないらしく、その見た目はほぼ子供と変わらないらしい。
しかし、顔は大人びているので判別が付きやすいそうだ。
尚、異世界漫画でありがちな、鍛冶が得意という訳では無いそうで、ここもやはり塔の才能によって変わる。
この世界の全ては塔が決めているんだな。
「エレノワールちゃんエレノワールちゃん!!」
「だぁ!!うぜぇ!!くっつくなこのロリババァ!!さっさと離れろ‼︎客だぞ私らは!!」
この世界の住人はみんなこんなにキャラクターが濃いのか?
俺はそんなことを思いながら、ドワーフの女性とエレノワールがイチャイチャしているのを眺める。
これが百合の花ってやつですか。いい景色だ。
拝んでおこう。ご利益ありそう。
「おいコラローグ!!てめぇ、何両手を合わせて拝んでんだ!!お前もぶっ殺されてぇのか?!」
「それは勘弁願いたいね」
「なら助けろ!!」
「セクハラで訴えられたくないんでパスで」
「かぁー!!これだから現代っ子は!!他人を気遣う優しさってものが欠けてやがる!!」
しばらくギャーギャーと騒ぐエレノワールを見ていると、ようやくドワーフがエレノワールを離した。
本人はとても満足そうな表情をしていたが、エレノワールは既に顔が死んでいる。
「あらー?見かけない顔ね?エレノワールちゃんの男?」
「違ぇよタコ。ウチの新入りだ」
「........あーはいはい。それじゃ、髪の色と目の色を変えて欲しくてきたのね。分かったわー」
話が早い。きっとここはエレノワールの行きつけの場所なのだろう。
おそらくだが、リリーやニアもここで髪の色を変えてもらっていたに違いない。
ドワーフの女性は俺を上目遣いで見ると、フムフムと何やら観察して深く頷く。
そして、手を差し出した。
「私はトルン。ここで髪切り屋をやっているわ。エレノワールちゃんやリリーちゃん達の髪も染めているから、よろしくね」
「よろしくトルンさん」
俺はトルンの手を握り返す。
すると彼女はニコッと笑ってくれた。先程のエレノワールに対する仕打ちを見てなかったら優しい人だと思っただろう。
今の俺は、野郎にもちゃんと優しい人でよかったと安堵が漏れている。
「それじゃ、早速変えちゃいましょう!!どんなものがいいとか、希望はあるかしら?」
「え?えーと........特にはないかも」
「ふふふ、それじゃ私が1番に合いそうなものに変えてあげる。きっと驚くわよー!!」
トルンはそう言うと、俺の腕を引っ張って店の中へと連れていく。
未だに地面に座っていたエレノワールを見たが、エレノワールは何も言わずただ壊れた扉を眺めていただけであった。
「エレノワールちゃん!!その扉直しておいてねー」
「ふざけんじゃねぇぞトルン。この扉をぶっ壊したのはお前じゃねぇか」
「そこをなんとかー。今回のお代はタダでいいからー」
「........チッ」
エレノワールは舌打ちで返事をすると、この店の引き出しを開けて修理道具を持ち出す。
あの手慣れた手つきは、多分1度や2度じゃないぐらい修理させられてそうだな........
しかも、毎回こんな感じで壊されて。
「それじゃ、早速やるわよ」
「よろしくお願いします」
エレノワールが扉を直す音を聴きながら、俺は髪を染めていく。
完全におまかせしてしまっているので、完成を見るまではどうなるのか分からない。
ここはプロの腕を信じるしかないだろう。
「この塗料はかなり特殊でね。一度染めるとその人の髪の色を固定させてしまうの。だから、色を戻したくなったらまた染めなければならない事だけは注意してね」
「あ、はい。わかりました」
そんな特殊な塗料があるのか。異世界は便利だな。
俺はそう思いながら、目を瞑って髪が染まるのを待つ。
それから数時間後。半分ウトウトとしていると、パァン!!という強烈な音によって、目を覚ました。
「いって!!」
全身がビクッと反応し、その勢い余って足を壁にぶつける。
俺は涙目になりながら、音がした方に目を向けた。
「人様が頑張って扉の修理をしているあいだ、自分はウトウトお眠りですか?いいご身分だなコノヤロー。攻略貴族よりも偉くて涙が出てくるよ。今の気持ちは?」
「........最高っす」
「........お前、心臓に毛でも生えてんのか?メンタルすげぇな」
「え、今のネタじゃないの?」
「?」
「?」
今の気持ちは?と聞かれたら“最高っす”って返すネタかと思って乗ったら、普通に違っていた。
お互いに会話がすれ違った俺とエレノワールは、2人して首をかしげ、結局俺はネタを説明させられる。
かくかくしかじかネタの話をすると、エレノワールは大笑いしていた。
「アッハッハッハッハッ!!そんなネタがあんのか!!私がいた頃にはなかったなぁ。悪い悪い。私はちょっと昔のネタじゃないと通じないんだ」
「具体的には?」
「ドーマン!!セーマン!!とか」
「古書だよそれ」
レッ〇ゴー陰陽師じゃねぇか。インターネット老人だよそれ。
となると少なくともエレノワールは2006年には生まれていた人物ということか。ジェネレーションギャップが凄そうである。
「さて、そんな居眠り小僧君。見た目はどうだい?」
俺はそう言われて、鏡の自分を見る。
黒髪はどこかに消え失せ、白髪と赤いメッシュの入ったThe、厨二病がそこにはいた。
俺の髪は少し長めで首が隠れるぐらいなのだが、そこを縛ってサッパリ感がある。しかも、自分で言うのもなんだがかっこいい。
厨二チックだが、それでもかっこよかった。
「気に入ってくれたかしらー?」
「あ、はい!!ありがとうございます」
目はカラコン(らしきもの)らしいので、俺は目の色は変えないことにする。俺は、目薬も怖くてさしたくない人種なのだ。カラコン?冗談じゃない。
これからは、俺はこの姿でローグと名乗り生きていくことになりそうだ。
後書き。
次回、塔に戻ります。やったねローグ‼︎また死ねるよ‼︎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます