塔が絶対、塔が正義
攻略者達はイカレてる。
その言葉を目の当たりにした俺は、若干怯えながらも攻略者ギルドの中へと入った。
そこに居たのは、多くの賭けをする人々とそれらを退屈そうに眺める人々。
しかし、全員が全員人間では無い。獣耳や尻尾を生やし、獣の特徴を持った獣人、耳が人間とは違い尖っているエルフ、更にはずんぐりむっくりで背の小さいドワーフまで多種多様な存在がいる。
特に特徴的なのは、獣人だろう。一応昨日リリーから説明を受けたが、この世界の獣人には大きく分けて二種類の獣人がいるらしい。
1つは、よくある人間の姿に獣耳と尻尾をくっつけた獣人。これは人の見た目が強く、そこまで見た目が人とは変わらない。
世間一般的にも獣人と言えばこちらの方だ。
そしてもう1種類。昨日出会った医師バーバラのような、完全な獣の見た目をした“先祖返り”の獣人。
昔の獣人は二足歩行をする知能ある獣であり、人と交わる事で今のような姿を獲得したと言われているらしい。
そんな中で昔の血を濃く受け継いだものは、先祖返りとして獣に近くなるそうな。
「色んな種族がいるだろう?この国は差別を固く禁じている。私達のような人間でありながら異質な存在にも分け隔てなく接してくれるから、生きやすい国だよ」
「この国の説明を受けてないんだが、そうなんだな」
「........え、受けてないの?」
「少なくとも俺の記憶にある限りは」
エレノワールは俺の言葉を聞いて“あのおバカさんめ”と小さくつぶやくと、簡単にこの国について説明してくれた。
この国はシルバー王国という国らしく、大陸の西側に位置する中小国家の1つらしい。王国らしい貴族制の体制を取っており、当たり前だか貴族が存在している。
そして、国の方針としては差別なくみんな仲良く暮らしましょう。と言うのがこの国だ。
おかげで多種多様な種族が集まり、世界でも屈指の多種族国家となっている。
宗教に関しても国教としているものはなく、宗教色もかなり弱い国なんだとか。
日本で生まれ育った人には優しい国家だな。特に宗教関連は、あまりいいイメージがない。
「周辺諸国との関係もまぁまぁかな。7年前に戦争をやったが、その時はちゃんと勝利を収めている。西側の中小国家の中では、強い部類だ」
「へぇそうなんだ」
「こっちの世界に来たばかりの人でも馴染みやすい。宗教国家とかマジで苦痛だからな........」
そう言いながら、昔を思い出したのか苦い顔をするエレノワール。
宗教国家と日本人の相性は最悪だろうな。特に、自分たちの思想を押し付けるヤツらとは。
どんな国で何があったのか、興味本位で聞こうと思った俺だったがそれよりも先に受付にやってきてしまう。
外でまだキンキン聞こえる剣と剣がぶつかり合い、その様子を見に行く人が多かったのか、列には誰も並んでいなかった。
「ようシャーリー。元気か?」
「あ、エレノワールさん。ご無沙汰しておりす」
シャーリーと呼ばれた受付嬢は、耳の先端が尖ったエルフの女性であった。
この国では割と見られる種族らしいが、世界的に見るとかなり珍しい種族であり、閉鎖的で魔法という力に長けているらしい。
良くありがちな世界樹と呼ばれる木を絶対的な神として信仰しており、塔を神とする宗教国家とはよく戦争をしているそうだ。
そんな中、外の世界を見ようとしたエルフ達がこの国にやってくる。
シルバー王国はエルフ達と友好的な関係を結んでいるらしい。
「ウチに新入りが来てな。登録したい。できるか?」
「........本来ならちゃんとした試験が必要なのですが、エレノワールさんの頼みですからね。ギルドマスターからもそう言われていますし」
「悪いね」
エレノワールがシャーリーに登録をお願いすると、サクサクと手続きを進めてくれる。
その間に、俺はエレノワールにこの世界の権力構図について色々と説明される事となった。
「この世界は日本とは違って権力者の力がかなり強い。その気になれば、そこら辺の住民を無実の罪でぶっ殺せるぐらいにな」
「昔のヨーロッパみたいだな」
「間違ってはない。もちろん、向こうにもそれなりのリスクがあるがな。そんな権力だが、実は割と簡単に手に入る」
エレノワールはそう言うと、1枚のカードを取りだした。
読めないはずなのに何故か読める文字で書かれた“エレノワール”と、その横に“13”と書かれている。
おそらくだがらこれが攻略者証なのだろう。異世界作品でよく使われる冒険者カードのような扱いかな?
「この世界は塔が絶対で塔が正義だ。特に人間社会はな。優れた血筋だろが塔には逆らえない。そして、この世界じゃ塔に昇ったヤツの方が基本偉い。その力が顕著に現れるのが、10階を攻略した後だな。13という文字が見えるか?」
「もちろん」
「これは、13階を攻略したという証明だ。詳しい技術は知らんが、塔は異世界でも考えられない超技術で個人を記録し、攻略した階層の記録を行える。もちろん偽装は不可能だ」
話を聞けば聞くほど、塔という存在がこの世界の根幹を支えているんだな。
明らかに塔だけ技術力がバグっている。この世界の人々の個人情報を記録しているということだし。
「そして、塔に昇った奴は天に近づいた存在として力を得る........という建前の元、強いやつの人材確保を国が行う。特に10階層を超えたヤツには貴族とほぼ同じような権限が与えられんるんだ。それでいながら、所属は攻略者ギルドだから移動は自由。貴族よりも自由で権力のある身分になれるというわけだな」
「........えーと、つまり、10階層を攻略すると言うのがひとつの強さの基準で、国はその人材を逃がさないために特権を与える。でも、所属は攻略者ギルドだから国には縛られない。そういうことか?」
「そういうことだ。理解が早いな」
10階も塔の試練に打ち勝った奴は強いから、国が確保しておかなければ!!
ということで、いちばん簡単で強力な権力を与えて国に定住してもらおうというわけか。
でも、攻略者は攻略者ギルドに所属しなければならない。結果として、国に縛られないその国だけの権力者が生まれると。
なお、貴族が塔に入る場合も攻略証は必要であるが、所属は国家となるそうな。
ちょっと複雑だが、とりあえず10階層を突破したら偉くなれるのは分かった。
異世界ってめんどくせぇな。
「こういうのを攻略貴族って呼ばれたりするんだが、一応悪口だから言われたら歯の一、二本ぐらいへし折っておけ。後、権力の乱用にはご用心だ。度が過ぎれば全てを剥奪される」
「それは当たり前でしょ」
「それが理解できない奴も居るのさ。特に頭のとち狂った奴らが集まるここではな。真剣を抜いて相手に斬りかかっては行けませんって教わったのに、女一人を争って殺しあってるんだぞ?」
........そういえば、ついさっき当たり前では無い光景を見たな。
ちなみに、未だにキンキンと音が聞こえてくるのでまだやり合っていると思われる。
もう終わりだよこの国。治安が悪すぎる。
そんなことを思っていると、登録の準備が完了する。
随分とサクサク進んでくれるおかげで、最初の苦い思い出が薄れていきそうだ........いや、そんなことは無いか。
「エレノワールさん。出来ました。お名前は?」
「ローグです」
「ローグさんですね。それで、こちらに魔力を流し込んでください」
「........どうしたらいいの?」
「手を置くだけでいい。大丈夫だ。私も最初は困ったがな」
魔力を流し込んでくださいと当たり前のように言われたが、日本に生きてきて魔力なんて使ったことなんてない。
どうしたらいいのか分からずエレノワールに助けを求めると、彼女は助言してくれた。
言われた通り、カードに手を置く。
すると、カードに文字が浮かび上がり“ローグ”と“0”が刻まれる。
「おめでとう。これで今日から攻略者だ。ほら、さっさと次に行くぞ。次はその見た目を変える」
「え、あ、あぁ。わかった」
感傷に浸る間もなく、俺は攻略者ギルドを後にする。
今日は忙しい一日になりそうだ。
【シルバー王国】
ローグが転生してきた国。大陸の西側に位置し、多くの種族が住む多種族の中小国家。7年前に戦争があったが、それ以外は基本平和で宗教色もかなり弱い。
周辺諸国とは今のところ良好。
【獣人】
人の姿に獣耳や尻尾を生やした種族。身体的に普通の人間より優れている代わりに、魔力の扱いが苦手。
また、先祖返りと言って見た目が完全に獣の姿である者もいる。ローグが最初に出会った異世界人バーバラは先祖返りの獣人。
【魔力】
この世界におけるひとつのエレルギー。全ての生命に少なからず存在し、魔力によってこの世界は維持されている。
また、魔法やスキルなど力を行使する際に使われることが多く、失った魔力は時間とともに回復する。
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