攻略者達はイカれてる


 翌朝。俺はこの世界を知るために異世界チュートリアルを受ける事となった。


 俺は昨日寝た天井が目の前に拡がっていることに心底残念がった。


 まだ夢の可能性を捨てきれなかったのだ。


 どうやら夢から覚める必要があるらしい。現実を見て、この世界で生きていく方法を探すしかない。


 あれほどたらふく酒を飲んだエレノワールは、ピンピンと元気で朝っぱらから俺を叩き起し街の外に出た。


 昨日も見たが、中世ヨーロッパのような街並み。そして、昨日は気が付かなかったが、確かに街の中心辺りに天へと上るどでかい塔が立っている。


 なぜ俺はこれを見落としたんだ。そう思うほどに、塔の存在感は凄まじかった。


 てっぺんは見えず、コンクリートのレンガ出できたような灰色の塔。あれが世界中で神と崇められているのだ。


「これが異世界........そしてあれが塔か」

「昨日も見ただろ?」

「いきなり転移させられた挙句、ゴブリンと殺し合いをしてスライムに窒息死させられ、犯罪者として捕まりかけた時に景色を見る余裕なんてないよ」

「あはっは!!窒息死か。それはきついな!!」


 窒息死を知っているかのように語るエレノワール。俺は疑問に思い、彼女に問いかけた。


「まるで窒息死したことがあるような言い方だな」

「実際にあるからね。この世界で塔に挑む連中は大体の死に方を経験していると思うよ。出血死、餓死、孤独死、自殺、窒息死、溺死、焼死、慙死、果てには魔物に食われて死ぬなんてことも経験済みさ。慣れればなんてことは無いが、暫くはその感覚を思い出して目が覚める」


 ........異世界怖ぇ。


 塔の攻略において、死は必ずついてまわるらしい。そして、その死に方のバリエーションも実に豊富なようだ。


 今後、俺があの塔の世界を攻略するならば、それら全ての死を経験する羽目になるだろう。


「どの死に方が辛かった?」


 俺は、興味本位でそんなことを聞いてしまった。


 そして、即座に後悔した。


「んー。1番キツかったのはあれかな。大量の虫に食われる奴かな。全身を麻痺させられてバクバクと指先から─────」

「OK、分かった。聞いた俺が悪かったからそれ以上言わないでくれ。気分が悪くなってきた」

「ハハハ!!そんなもんさ。慣れると“あぁそれね”って共感できるようになる。攻略者ギルドじゃ、飯を食いながら今日の死に方を話すのが恒例だ」

「飯が不味くなりそうだ」


 人の死に方を話しながら飯を食うなんて、現代日本じゃ考えられない世界観だ。


 しかも、自分が経験したことのある死に方だった場合はなお気分が悪いことだろう。


 想像しただけで気分が悪いのだ。経験なんてしたくない。


「そうだ。この世界における死について話してあげよう。割と重要な話だ。よく聞くといい」


 エレノワールはそう言いながら、この世界における死について語り始める。


 やはりと言うべきか、この世界は色々と狂っていた。


「ローグもいずれ塔に登ると思うが、そこで様々な死に方をするだろう。するとどうなるか知っているか?生物とは須らく適応するものだ。結果として、死という恐怖が薄れて慣れる」

「........」

「そして、ここが大事なんだが、塔の外で死亡した場合、塔の力で生き返ることは無い。死んでも蘇られるのは、あくまで塔の中だけだ」

「つまり、塔の力が及ばないと?」

「そういう事になる。ゲーム風に言えば、あの塔の中は私たちが普段プレイするゲームの画面の向こう側なのさ。ゲームの主人公は何度死んでもやり直しができるだが、現実世界は1度死んだら終わりだろう?」


 なるほど。そう言われるとわかりやすい。塔はゲームの中で、塔の外は現実。


 そう考えれば、外で死ねば復活できないと言われても不思議では無いな。


「んで、さっきの話に戻るが、死に慣れた攻略者達は現実とゲームの区別がつかなくなる。現実世界で死にかけた時簡単に自分の命を捨ててしまうのさ。この世界で生きる上で、現実とゲームの区別はハッキリとつけた方がいい。そうじゃないと、あっという間に死ぬぞ」


 ........確かにそれは気をつけなければならないな。


 死に慣れる感覚が分からないが、ゲームと現実の区別がつかないやつがロクな人生を辿るとは思えない。


 ここの線引きをしっかりとしていないと、あっという間に死ねるだろう。


「この世界において、人の命は軽い。あまりにも軽い。だからこそ、最低限の人間性は保っておけ。死にすぎて精神が狂った奴らを、私はごまんと見てきた。ローグ、君はそうなってくれるなよ」

「........気をつけるよ」

「ま、それでも攻略者をやっているやつは一杯いる。もちろん、諦めたヤツもな。正直、死に対する価値観という点においては諦めたヤツの方が正常だ。普通1度でも苦しい経験をすれば、嫌でも拒否したくなるもんだ。だから攻略者の大半は頭のネジがぶっ飛んでる。面白いぞ?攻略者ギルドはそんなヤツらの集まりだからな」


 エレノワールにこの世界においての命の価値について学んでいると、俺はその頭のネジがぶっ飛んだ連中の巣窟にやってきていた。


 塔と剣と盾が合わさったマーク。ここが攻略者ギルドのようだ。


 ふと、視線を横に移せば、そこには昨日お世話になった病院みたいな建物がある。


 ここに塔で死んだやつが復活するのか。


 俺はまたあのジョーン(衛兵)やバーバラ(医者)と言った人達と話す機会があるのかなと思いつつ、エレノワールの後ろについて行く。


 エレノワールが扉に手をかけた瞬間、彼女は何かを感じ取ったのか俺を突き飛ばして自分も横に飛び退いた。


 数瞬後、ドガァァァァァン!!という凄まじい音と共に、扉が吹っ飛ぶ。


 吹っ飛んだ扉から黒い影が飛び出して地面に転がり、砂埃が晴れるとそこには剣を持ったなんかやばそうな奴がいた。


「だから!!エリナちゃんは俺に惚れてんだよぶっ殺すぞ!!」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!!この肉だるまが!!ミンチにしてゴブリンの餌にでもしてやろうか?!」

「てめぇも肉だるまだろうが!!」


 更に吹っ飛んだ扉の奥から出てきたのは、同じく筋骨隆々のなんかやばそうなやつ。


 どちらも大きな体格をしており、手には剣が握られていた。


 真剣だろあれ。絶対やばいって。


「朝っぱらから元気なこった。な?だから言っただろ?攻略者ギルドには頭がイカれた馬鹿しかいないんだよ」

「........い、いや、それよりアレ止めなくていいの?思いっきり殺しあってるように見えるんだけど」


 キンキンと、剣と剣が交わる音が街の中に響き渡る。


 少なくとも素人目に見た限りでは、彼らが手加減しているようには見えなかった。


 そして、その様子を止めようとする者も誰もいない。むしろ、どっちが勝つのか賭けをしようぜという声すら聞こえてくる。


 やばい。攻略者ギルド、やばい。


 朝から殺し合いをしているのもやばいし、それを見世物にして賭けをする奴らもやばいし、それが日常と言わんばかりに平然としている街の奴らもやばい。


 近くにいる衛兵も止めようとしてないし。


「んー?まぁいいんじゃね?死のうが生きようが私には関係ないしな。勝手にくたばれ馬鹿ども」


 エレノワールもこんな感じだ。


 命が軽い世界だからと言っても、多少なりとも尊重されるべき命。しかし、彼らはそれをあまりにも軽視しているように感じる。


 そして、エレノワールはこの世界に完全に染まっていた。


「よっと、ほら行くぞ」

「は、はは........」


 立ち上がったエレノワールの手を掴み、俺は攻略者ギルドへと入っていく。


 正直に言おう。この世界でやって行ける気がしない。


 俺は早くも、この世界での異世界ライフを諦めつつあるのであった。




【攻略者ギルド】

 塔の試練に挑む者のことを“攻略者”と呼び、それらを管理するギルド。塔に入るためには必ずこのギルドで登録をしなくてはならず、全世界の都市や街、村に攻略者ギルドは配置されている。

 また、攻略者ギルドは原則国家に対して対等であり命令の拒否権を有している。そして、一国家に肩入れしてはならない。

 塔の試練に敗れ、蘇生される場所に基本立てられており、攻略者ギルドを見つけたらここで復活すると覚えておいた方がいい。

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