話について行けない


 ........


 ........


 ........


 はっ!!


 俺は目を覚ます。


 い、生きている。死んだはずなのに生きている。


「はぁはぁはぁ........こ、呼吸ができる」


 あれは夢だったのだろうか?


 ゴブリンと死闘を繰り広げ、スライムの丘というステージを選択したあと、俺は死んだはずであった。


 まさか、ゲームで序盤最弱の敵とまで言われるスライム相手に背後を取られて窒息死するとは思ってなかった。


 夢の中であっても、あんな死に方はごめんだ。海やプールに行きたくなくなってきたぞ。


 俺はなんだ夢かと思いつつも、バクバクと煩い心臓の音を聴きながら周囲を見渡す。


 そして、悟った。


 知らない場所。つまり、これは夢では無いことを。


 木でできた天井に、現代では考えられないほどに硬いベッド。周囲を隔てるカーテンこそあれど、その素材も現代の地球のものではなさそうである。


 どこだここは?


 いつの間にか病院に搬送されていた?病院は確かにこんな感じの風景だが、それにしては随分と質素で周囲に物もない。


 それに、俺は昔酷い風邪にかかって入院したことがあるが、俺の知る病院の天井はこんな木でできてはいなかった。


「おや?目が覚めたのかい?」


 まだ状況が整理出来ていない中、カーテンを開けて入ってくる影がひとつ。


 その人物の顔を見て、俺はさらなる混乱を抱えることとなった。


「気分はどうだ?」

「........」


 体つきは女性。二足歩行で、白衣を来ている姿は如何にも医者と言う印象を受ける。


 しかし、顔や手が人のそれでは無い。


 狐のような見た目であり、頭の上には耳が生え、何より毛深い。


 いや、毛深いというか、動物の毛並みを肌に貼り付けているとでも言うべきか。


 ともかく、その見た目は人ではなく、いわゆる獣人であった。


 俺のいたはずの地球に、こんな人の言語を話す生物は存在しない。やはり、夢では無いのか........


「おーい。聞いているかー?」

「あ、はい。ダイジョウブデス」

「そうか。外傷は見られないし、後遺症も見られない。見たところ、新人攻略者か?死の感覚を味わったのは初めてだろうが、まぁ、いずれ慣れる。頑張るんだな」

「あ、はい。ありがとうございます........?」


 彼女が一体何を話しているのか分からないが、とりあえず話を合わせておく。


 新人攻略者?一体何の話だ?


 俺が疑問を口にするよりも先に、医師が先に話し出す。


「んじゃ、言っていいぞ。あそこにいる門番に攻略者証を見せれば街に出られる。隣は攻略者ギルドだから、迷子になることは無いだろうよ」

「えっ........と。その。質問いいですか?」


 訳の分からない言葉の連続に、俺は待ったをかける。


 少しぶっきらぼうな話し方だが、彼女は多分かなり優しい人だ。俺の体をぺたぺたと触って健康かどうかを確認してくれているし、その目の奥に優しさを感じる。


 なので、俺の質問にも答えてくれるだろう。


 そんな、考えをしてしまった。


「なんだ?」

「えーと、攻略者証ってなんですか?」

「........あ?なんだ?持ってないのか?」

「はい。持ってません」

「チッ、塔の攻略はちゃんと攻略者になってからじゃないとダメですよって親に教わらなかったか?最近のガキはこれだから困るんだよ。私の仕事を増やすんじゃない」


 すいません。何の話ですか。


 質問をしたら、謎が増えた件に着いて。


 とりあえずわかったことは、“塔”と呼ばれる場所に入るには攻略者という身分になる必要があるらしい。


 そして、多分俺が先程までいた場所も塔の中なのだろう。それは分かる。


 という事は、塔の中と外では別の世界のような扱いなのか?


 まだ世界の全容が見えなくてちょっと困っている。


 誰かー!!世界観説明してくれるチュートリアルキャラを出してくださーい!!


 俺が心の中でそう叫んでいると、医者の獣人は俺の頭を優しく撫でた。


「おいガキンチョ。一応国の決まりで私はどんなに幼い子供だろうが、攻略者でない以上は衛兵に突き出さなきゃならん。例え、赤子だろうがな。後でしこたま怒られるだろうが、悪いことをしたんだ。ちゃんと怒られて反省してこい」

「え?」

「おい!!ジョーン!!塔に入り込んだ馬鹿なガキンチョを連れ出せ!!攻略者じゃないみたいだぞ!!」

「マジかよ。最近の子供は度胸がすげぇな。将来が楽しみだ。牢屋にぶち込んなら多少は反省すると思うか?なぁ?バーバラ」

「私が知るわけないだろ。ほら、ちょっと怖い目に会うだろうが、これも勉強だ。次はちゃんと攻略者になってから来いよ」


 バーバラと呼ばれた医者は、にっこりと笑うと俺の背中をポンポンと叩く。


 そして、俺はジョーンと呼ばれたおっさんの衛兵に“行くぞ”と言われてわけも分からず腕を縛られ歩かされる。


 気がつけば、俺は手錠をかけられた犯罪者のような扱いをされ、知らない街の中を歩かされていた。


 すいません。話についていけないっす。


 とりあえず、攻略者でなければ塔に入ることが許されず、そしてその行為は犯罪に当たるらしい。


 つまり、俺は犯罪者となってしまっているわけだ。


 日本において犯罪者はどんな扱いを受ける?


 犯罪の規模にもよるが、罰金刑や懲役となるだろう。


 俺は今から、牢屋にぶち込まれるか罰金を払わされる可能性が高いという事だ。


 弁護士!!弁護士の方はいませんか?!


 わけも分からず連行される俺。多分、無実の罪で捕まった人とかはこんな気分になっていたに違いない。


 そう思いながら、歩かされていると、ふと衛兵のおっちゃんことジョーンが話しかけてきた。


 正直、今は頭の中がぐるぐるとしすぎていて街を眺める余裕なんてない。


 そんな焦りを感じ取ったのか、彼なりに俺を落ち着かせようとしていたように思えた。


「なんでこんな馬鹿なことをしようとしたんだ?親に散々言われただろ。“攻略者にならず塔には言ってはいけない”ってな」

「えーとジョーンさん。俺、別に入りたくて入った訳じゃないんです。気がついたらそこにいて、死んだらベッドで寝てました」

「........何?」


 ピタリとジョーンの足が止まる。


 そして彼の顔が険しくなった。


 なんだ?なにか俺は間違った選択をまたしてしまったのか?


「黒い髪に黒い瞳........そして、気がついたらそこにいた?おい。お前、出身国はどこだ?正直に答えろ」

「に、日本です」


 険しい顔をしたジョーンの圧は怖い。俺は産まれたての子鹿のようにブルブルと震えながら、出身国を答える。


 俺の回答を聞いたジョーンは“あぁ、最悪だ”と呟きながら、頭を抱えた。


 まだこの世界を理解していない俺は、この反応がいいのか悪いのかサッパリだ。


「本当に出身国はニホンという国なんだな?」

「は、はい」

「もしそれが嘘なら、相当な重罪だ。国のみならずあのイカれた女までも敵に回す。それでも出身国はニホンなんだな?」


 日本を知っている?この日本とはあまりにもかけはなれた世界で?


 今になってようやく街並を見てみたが、どこをどう見てもここは日本ではない。


 俺はようやく確信した。ここも異世界で、俺は異世界転移してしまったのだと。


 全てが夢だったなんでオチはない。俺がスライムに窒息死させられた無様な敗北も、全て現実のものだったのだ。


「は、はい........」

「よし分かった。行き先を変えよう。君が本当にニホンから来た招かれざる客なのかを確かめにな」


 ジョーンはそう言うと、先程通ってきた道を引き返す。


 俺は結局訳も分からずジョーンの後ろをついて行くだけであった。


 願わくば、超ハードモードない世界じゃありませんように。


 日本人は研究材料にぴったりなんだ!!とか言うイカれた研究者の実験台モルモットにはなりたくないのだ。




 後書き。

 お昼頃にもう一話あげます。

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