第19話 ようやく交わった道 


 ――そして迎えた卒業式当日。

 私は支度をすると、父の元に向かった。


「参りました」


 執務室には父と母がいた。


「卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「休暇に入れると聞いた」

「はい」


 いくら婚約者を知りたくないと言ってもさすがに今日はそういうわけにはいかない。


「婚約者の方の家に向かいますので、相手のお名前を教えて下さい」

「ん。クラウド入れ」

「はっ!!」


 私が父に尋ねると、なぜかクラウドが執務室に入ってきた。


「クラウド?! いたのか?」

「はっ!」


 クラウドが目を泳がせて不自然に返事をすると父が笑った。


「クラウドに送らせる。お前は令嬢を迎えに行き、そのまま会場に向かえ」


 送らせる? そんな複雑な場所の令嬢なのか?


 私はわけもわからずにとりあえず返事をした。


「御意」


 それから、クラウドと一緒に馬車に乗った。


「クラウド。一体どこに行くのだ?」

「……」


 クラウドは何も言わなかった。ただひたすら不自然な態度だった。


「本当に強情だ……な…」


 ふと馬車の外を見るとよく知っている景色だった。


 そんな? 嘘だろう?? 私たちは婚約破棄したはず!!


 私が張り付くように窓の外を見ていると、クラウドが溜息をついた。


「さすがに気づいたか…。こんな慶事の隠し事というのはつらいな。何度、お伝えしようと思ったことか……」


 私はクラウドの肩に手を置いた。


「なぜだ!! そんなはず!!」


 私が声を上げるとクラウドが一枚の紙を取り出した。


「どうぞ」

「ああ」


 私は紙を見て驚いた。


「こ、これは婚約破棄の証書?! だが……公爵のサインがない?!」


 クラウドが嬉しそうに笑った。


「そうです!! つまり、殿下の婚約者はイザベラ嬢のままなのです!!」

「そ、そんなこと一言も……」

「ええ。公爵が食事をしたイザベラ嬢を見て『もしかしたら』と陛下と王妃様に猶予を下さるように進言してくれたそうですよ……」

「そうか…公爵が……」


 私は泣きそうになるのをこらえた。


「これから彼女を迎えに行くのに泣いている場合ではないな」

「ええ」


 公爵の屋敷に着くと、クラウドが嬉しそうに言った。


「先に行って待っています」

「ああ!!」


 私はこうして公爵の屋敷に入った。公爵の屋敷に着くと公爵がエントランスで待っていてくれた。


「公爵!!」


 私は思わず、公爵の手を取った。


「感謝する」


 私が声を上げると、公爵は泣きそうになりながら首を振った。


「いえ、こんなに娘を愛して下さるのは殿下以外おりません。どうか娘をよろしくお願い致します」

「ああ。大切にする。必ず!!」

「はい! お願い致します」


 公爵と話をしていると階段の上から愛しい人の自分を呼ぶ声が聞こえた。


「リード殿下?」


 その瞬間、私は無意識に階段を駆け上がっていた。


「イザベラ!!」


 階段がやけに長く感じた。早くイザベラの元に行きたかった。

 そして、ようやく彼女の元に着いた。


 ああ、イザベラだ!!


 イザベラの頬はバラのように赤くふっくらとみずみずしく、髪も肌の艶やかで滑らかだった。イザベラが大きく目を見開いた。


「殿下が……どうして……1度破棄したらもう婚約出来ないはずなのでは……」


 私は胸元から婚約破棄の書類を出した。イザベラは書類を見ると涙目になった。


「まさか……お父様!!」

「そう。公爵が……ずっと持っていてくれたんだ……」


 私は微笑んでいた。


「え……」


 私はイザベラを見つめた。


「イザベラ。王妃教育で君の心が壊れてしまったことは私も充分にわかっている。君を私から解放してあげたい。その方がいい……それはわかっているんだ」


 イザベラに真っすぐに見つめられて、全身の血液が高速で回転しているのを感じた。


「でも……無理だった。私はイザベラを手放せそうにない!! 頼むもう一度、私の隣に立って私と同じ景色を見てほしいんだ!!」


 イザベラの目からは涙が流れていた。


「……そ、そんな――嘘……。」

「嘘ではない。君がいない生活は世界から色が消えたようだった。私も壊れてしまいそうだった。……一度は壊れてしまったかもしれない。だが、君が私に笑いかけてくれたから今もなお、私は生きている。愛してる……愛しているんだ、イザベラ!!」

「リード殿下……」


 イザベラに真剣な顔で見つめられて私の心臓が跳ねた。


「私も以前の私とは違います。それでもいいですか?」

「私はどんな君でも、君のすべてを愛しているんだ」


 自然と頬に涙が流れた。


「まさか……この想いを……再び君に伝えられる日が来るとは……」


 するとイザベラが私の頬を流れる涙をハンカチで拭った。


「はい。私も……。それにようやく、甲冑越しではないあなたに触れられました」


 さすがイザベラだ……。


 私は小さく笑った。


「やはり気づいていたか……いつから気づいていた?」

「ふふふ。初めからです」

「え?」


 最初から?


「クラウド様の横に立っていたあなたを見た時から、気づいていました」

「はは……そうなのか」


 ではなぜ、私だと聞かなかったのだろうか?


 私は不思議に思った。

 するとイザベラが切なそうな顔をした。


「でも、あなただと言ってしまったら消えてしまいそうで、言えませんでした」


 え? 消えてしまいそう? つまり……消えてほしくないから言わなかった?


 ――……私と離れたくないと思ってくれたのか?!


 そう思うともうどうしようもなかった。気が付くと私はイザベラのすべてを求めるように抱きしめていた。瞳からは涙が溢れて止まらなかった。


「イザベラ。やっぱり……君がいない……など耐えられない。傍にいてくれ。傍に……」


 するとイザベラが私の背中に手を回した。


 イザベラ?!


 イザベラから抱きしめられたことに動揺しているとイザベラも涙声で言った。


「私も、リード殿下のお傍に居たいです」


 私はそのイザベラの顔が見たくて抱きしめたままイザベラの顔を見た。


「本当に?」

「はい」

「ありがとう! イザベラ! ずっと一緒にいよう!!」



 そして、イザベラに誓いのキスをした。





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