第14話 色褪せた日常



 馬車乗り場に向かう途中に、イザベラがバラ園に行くのが見えた。


 あの場所は……もしかして覚えていてくれたのか?


 バラ園は幼いイザベラに『ずっと一緒にいよう』と約束した場所の一つだった。

 あの頃の私たちは常に二人でいたので、城中が思い出の場所ではあるのだが……。

 バラの生垣の向こうにイザベラが座ったのがわかった。

 私は生垣に触れないように近づいた。


 「ヒクッ、ヒクッ、ヒクッ」


 するとイザベラの泣き声が聞こえた。


 イザベラが泣いている?


 私は喜びで今にも飛び上がりそうだった。すぐにでもイザベラを抱きしめたいと思った。


 イザベラ!!!! 私との婚約破棄が悲しいと、泣いてくれているのか?!


 だが私はもう一つの可能性を思い出して、こぶしを握った。これは私が婚約破棄をしてイザベラの心が解放されたからでもあった。


 ……やはり婚約破棄はイザベラにとって良かったのか?


 『ガサガサ』

 そしてぐるぐると思い悩んでいるうちに私は勢い余って生垣に触れてしまった。するとイザベラに見つからないように影から見ていたクラウドがチラリとこちらを見た。

 私と目が合うと、クラウドが溜息を付き、手で離れるような仕草で忠告してきた。

 そしてその後、イザベラの元に向かった。


 これ以上私がここにいてイザベラを混乱されては意味がないな。


 私は名残惜しいとは思ったが、クラウドの言うことを聞いて自室に戻った。クラウドが付いているなら問題ないだろう。

 私自身感情がぐちゃぐちゃでもう、立っているのもつらいほど身体が動かなくなってしまったのだった。


 ◇


 私は重い身体を引きずり自室に入るとソファーに倒れ込んだ。

 彼女の意思を聞き、公爵は今日にでも婚約破棄の書類にサインするだろう。

 きっと公爵はすぐにでも領地に連れて帰るはずだ。


 イザベラはもう――いない。

 もう……疲れた……。

 全てが――どうでもいい!!


 私は何もする気が起きずにただソファーに横になっていたのだった。




「殿下!! 殿下、聞いていますか?」

「…ん? なんだ?」


 クラウドが大きな声を出した。


「どちらに行かれるのです? 謁見の間はこちらです!!」

「あ~。謁見……」


 すると、側近のエイドが青い顔をした。


「殿下!! 今からお会いになる方はわかりますよね? 何度も言いましたよね?」

「……私は誰と会うのだ?」

「殿下!!!!!」


 すると遠くから文官が急ぎ足で歩いてくるのが見えた。


「殿下~~~~~!!! サインが間違っていました!! この書類は午後には必要ですので、お早くサインの書き直しをお願い致します!!」

「ああ。そうか」


 私は謁見の間の隣室で急いでサインをして文官に渡した。文官は慌ただしく去って行った。

 クラウドが溜息をついた。


「殿下……休養でも取ったらよいのでは? 睡眠も取れていないのでしょ?」


 するとエイドも頷いた。


「食事も召し上がっていませんよね?!」

「いい。食欲もないし、眠くもない」

「殿下……」


 その時の私はなにもやる気は起きなかったのだ。


 ◇


 次の日はクラウドは姿を見せなかった。ここ最近、ずっと私についていたクラウドの姿が見えずに私は側近のエイドに尋ねた。


「クラウドはどうした?」


 するとエイドは困った顔をした。


「クラウド様は、本日、孤児院に行っております」

「孤児院? なぜだ?」

「イザベラ様の護衛です」


 『ガタン!!』

 私が立ち上がった拍子に椅子が倒れたが私は気にせず、話を続けた。


「イザベラの護衛?!」


 私は自分の執務机からエイドの席まで大股で歩いてエイドに詰め寄りながら尋ねた。


「イザベラが孤児院とはどういうことだ? 一体イザベラに何が起きている??」


 すると、エイドがお茶を入れてくれた。


「殿下、落ち着いて下さい。さ、こちらに座ってゆっくりして下さい。そうしたらお話致します」

「あ、ああ」


 私はエイドに言われた通り、ソファーに座りお茶を飲んだ。するとエイドが微笑んだ。


「イザベラ様は、現在公爵の代理で孤児院訪問に行っておられます。なんでも公爵の話ですと、お食事も召し上がっているようです。今日の夕方にでもクラウドから詳しい報告があると思います」

「本当か?! まだ王都にいたのか!! しかも食事もしっかりと摂っているのか……よかった!!」


 イザベラが少しでも回復したと聞き、思わず座り込んでしまった。するとエイドが微笑んだ。


「この分ですと近いうちにお会いできるかもしれませんね」

「ああ!! 会いたい!!」


 私は、その場から急いで立ち上がるとイザベラに会えることを想像し、色を失っていた世界に少しだけ色が見え始めたのだった。



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