君を救えるのが婚約破棄なら、それしか選べるはずがない【リード殿下side】

第12話 婚約の異変


「イザベラ、お茶でもどうかな? 城下で話題のお菓子があるんだ」


 私は、イザベラに話しかけた。


「申し訳ございません。予定が詰まっておりますので。次にお会いするのは、カペラ国の来賓祝賀パーティーになるかと。それではリード殿下、御前を失礼致します」


 イザベラはまるで人形のように無表情で無機質に答えると私の前から姿を消した。


「イザベラ嬢……相変わらず顔色悪いな」


 すると私の護衛をしていたクラウド眉を寄せた。


「ああ。日に日に顔色が悪なるし、もう何年も私はイザベラの笑顔を見れていない」


 私はその言葉に手をぐっと握った。


 イザベラの笑顔が見たい……。


 元々、イザベラは笑顔の可愛い子だった。私は可憐な彼女の笑顔に恋に落ちたのだ。

 彼女は元々、頭も良く、飲み込みも早かった。

 そこで彼女の『王妃教育』は通常より早くから始められたのだ。

 内容もかなり大変なものだったと聞いている。真面目な彼女はその大変な『王妃教育』をすでにマスターした。これは歴代王妃最速だ。

 だが、その代償に――イザベラは感情と表情を失ってしまったのだ。


「イザベラの笑顔はもう、花のように可憐で、凄く可愛いんだ!!」

「花のようね……花というより氷の槍って感じだけどな」


 クラウドが肩を上げて手を振った。


「まぁ……今のイザベラしか知らなかったらそう思うだろうな」


 私がクラウドと話をしていると、執事が近づいてきた。


「殿下。陛下がお呼びです。至急お越しください」

「ああ。行くぞクラウド。」

「御意」


 父の執務室に向かうと、母である王妃と、イザベラの父の公爵も同席していた。


 なんだ?


 私は入ると大きな声を出した。


「参りました」

「座れ」

「はい」


 父の言葉で私はソファーに座ると、三人が深刻そうな顔をした。


「イザベラ嬢が最近、頻繁に倒れているのは知っているな?」

「ええ。城にいる時は私も必ず駆けつけていますので……」


 重苦しい空気が執務室に漂った。そして、母が口を開いた。


「リードよく聞きなさい。イザベラさんの身体はすでに限界なの。いえ、身体だけではなく心も限界なの」

「……」


 私は結論を聞くのが怖くて自分の手を握りしめた。背中から汗が流れ落ちるのを感じた。すると父がつらそうに口を開いた。


「イザベラ嬢とおまえの婚約を破棄しようと考えている」

「え……」


 突然の婚約破棄の打診に私は思わず目の前が真っ暗になった。そしてなりふり構わず叫んでいた。


「ですが!!! 私はイザベラを心から愛しています!! イザベラ以外の伴侶など考えられません!!! それに彼女はすでに王妃教育を終えています!! イザベラのこれまでの努力を水の泡にするのですか?!」


 すると公爵が力なく笑った。


「あのように変わり果てた娘をそんなにも愛して下さり、ありがとうございます。しかし、例え王妃教育を終えていたとしても、今の娘に王族としての公務は務まりません。………笑えないのですから」

「あ……」


 また重い空気が漂った。

 そうだ。イザベラはもう何年も笑えていない。

 王族というのは、威厳も大切だが同じくらい笑顔も大切なのだ。


 それに段々食も細くなって顔はやつれていた。あの姿で諸外国要人、高位貴族の前には出せない。

 現に今では会う人が心配するので、王妃教育と言って学園を休ませていた程だった。


「ですが、なぜ婚約破棄なのです?! 婚約破棄などしたら、二度とイザベラを妃にすることは出来なくなるではありませんか!!」


 私はなりふり構わず大声を出した。


 せめて婚約解消や婚約白紙なら、元気になったイザベラを妻に出来る!!


 すると母が切なそうに私の顔を見た。


「婚約破棄なら、しばらく誰とも婚約する必要がないからよ」

「え………?」


 母の言葉に私の思考が止まった。


「婚約を白紙に戻したり、婚約解消だと、卒業までに相手を見つける必要があるでしょ? でも婚約破棄なら急がなくていいわ」


 すると公爵も重い口を開いた。


「ええ。娘はしばらく領地に戻して休養させます。もうすぐ留学している息子も戻りますので、私も頻繁に会いに行けるでしょうから」


 公爵の領地はここからかなり離れている。領地に戻ってしまったらイザベラとは会えなくなるだろう。


「領地で休養……。ですが……突然、そんな。療養なら城でも……」


 私が項垂れると、母が苦しそうに言った。


「お医者様がね……このままだと危ないとおっしゃったのよ」

「危ない?!」


 私は即座に顔を上げた。


「ええ」


 母の目に涙が滲んでいるし、公爵も青白い顔をしている。


 くっ!!! イザベラ!!!


 私は唇を噛み締めながら言った。


「……わかりました。イザベラとの婚約を……破棄します」


 私が項垂れると、涙を流す公爵に手を握られた。


「殿下……娘が最後まで殿下をお支えすることが出来ずに申し訳ありません。」

「やめてくれ……公爵。……互いにつらくなるだけだ。」


 こうして私はイザベラとの婚約を破棄することになったのだ。




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