第11話 イザベラSIDE最終話


 私は背筋を伸ばし、婚約者の待つエントランスに向かった。


 ……え――?


 婚約者の後ろ姿が見えて私は思わず歩みを止めてしまった。

 その後ろ姿に私は覚えがあったのだ。

 少し蒼色が混じった黄金の髪。

 スッと伸びた背筋。


 どうして? 嘘……?


「――リード殿下?」


 私は思わず呟いた。


「イザベラ!!!」


 すると私に気づいたリード殿下が階段を駆け上がってきた。

 そして私を思い切り抱きしめた。

 私は、リード殿下の腕に抱かれながら、夢でも見ているのかととても冷静ではいられなかった。

 私はリード殿下の胸から顔を上げて、リード殿下を見つめながら尋ねた。


「殿下が……どうして……1度破棄したらもう婚約出来ないはずなのでは……?」


 するとリード殿下が胸元から婚約破棄の書類を出した。そこには国王陛下のサインはあるが、お父様のサインはなかった。


「まさか……お父様!!」


 私は書類を見た後に、リード殿下を見つめた。


「そう。公爵が……ずっと持っていてくれたんだ……」

「え……」


 お父様……婚約破棄をされなかったの?


 リード殿下が私を真剣な顔で見つめてきた。


「イザベラ。王妃教育で君の心が壊れてしまったことは私も充分にわかっている。君を私から解放してあげたい。その方がいい……それはわかっているんだ」


 リード殿下は苦しそうに顔を歪めた後に泣きそうな顔で言った。


「でも……無理だった。私はイザベラを手放せそうにない!! 頼むもう一度、私の隣に立って私と同じ景色を見てほしいんだ!!」


 私の目からはいつの間にか涙が流れていた。


「……そ、そんな――嘘……。」

「嘘ではない。君がいない生活は世界から色が消えたようだった。私も壊れてしまいそうだった。……一度は壊れてしまったかもしれない。だが、君が私に笑いかけてくれたから今もなお、私は生きている。愛してる……愛しているんだ、イザベラ!!」

「リード殿下……」


 イザベラも心を壊してしまったが、リード殿下もまた心を壊していたようだ。

 私はリード殿下の顔を見た。


「私も以前の私とは違います。それでもいいですか?」


 たぶん、私の中にイザベラはいる。つまり今の私はイザベラでもあるのだ。

 でも以前と同じ――イザベラではない。

 するとリード殿下が嬉しそうに笑った。


「私はどんな君でも、君のすべてを愛しているんだ」


 殿下の頬に涙が流れた。


「まさか……この想いを……再び君に伝えられる日が来るとは……」


 私は殿下の頬を流れる涙をハンカチで拭った。


「はい。私も……。それにようやく、甲冑越しではないあなたに触れられました」


 するとリード殿下が泣きながら笑った。


「やはり気づいていたか……いつから気づいていた?」

「ふふふ。初めからです」

「え?」


 リード殿下が目を大きく開けた。


「クラウド様の横に立っていたあなたを見た時から、気づいていました」

「はは……そうなのか」


 そして私は下を向いた。


「でも、あなただと言ってしまったら消えてしまいそうで、言えませんでした」


 すると身体を包む体温を感じた。


 え?


 気が付くと、私は再びリード殿下に抱きしめられていた。


「イザベラ。やっぱり……君がいない……など耐えられない。傍にいてくれ。傍に……」


 リード殿下は涙声で、私を抱きしめてくれた。

 すると、私の中が急に温かくなった。


 ああ、そうか……やっぱりイザベラはいなくなったんじゃなくて、もう私の中にいたんだね……。


 私もリード殿下の背中に手を回した。


「私も、リード殿下のお傍に居たいです」


 すると、リード殿下が驚いて私を腕の中に抱いたままこちらを見た。


「本当に?」

「はい」

「ありがとう! イザベラ! ずっと一緒にいよう!!」


 すると唇に柔らかい物が触れた。それが殿下の唇だとわかって私はそっと目を閉じた。

 どうやら柱の陰からお父様や執事長たちはそれを見て涙を流していたらしいが、その時の私はそのことに気づける余裕はなかった。

 その後、リード殿下と共に出席した卒業舞踏会で、クラウド様に会った。


「殿下、顔が緩んでますよ」

「ははは! 今日の私は機嫌が良い! お前のそんな発言も笑って流せるのだ」


 二人のやり取りに私は思わず笑ってしまった。


「ふふふ。リード殿下とクラウド様は仲がいいんですね」


 クラウド様が小さく笑った。


「ええ。あなたのお相手が殿下以外であったなら、今頃あなたは私の隣にいたでしょうね」


 そう言うと、クラウド様が私の手を取ると私の手に口付けをした。


「クラウド!!」


 殿下が驚いていたが、クラウド様は気にせずに私を見て妖艶に笑った。


「イザベラ嬢、つらいことがあったら私の胸をお貸ししますので、いつでもどうぞ」

「え?」


 するとリード殿下が大声を上げた。


「な!! なんだと?! クラウド!!」


 クラウドが殿下を見て笑った。


「殿下? 今日は笑って流せるのでは?」

「流せることと、流せないことがあるだろう?!」

「はいはい」


 クラウド様は私の方を見ると、片目を閉じた。


「ふふふ」


 私が笑うと、リード殿下が私の腰を抱き寄せ、クラウド様から隠すようにした。


「クラウドのヤツ! 油断も隙もないな!」


 私はリード殿下を見上げて笑った。


「リード殿下、久しぶりに踊りませんか?」


 するとリード殿下が嬉しそうに笑った。


「ああ!」


 そうして、私たちはダンスホールへと向かった。

「見て見て、リード殿下とイザベラ様よ!」

「息がピッタリ合って素敵ね~」

「優雅なダンス、憧れるわ~」

「あのお2人に問題なんてないのでしょうねぇ~」

「ねぇ~、完璧な2人で羨ましいわ~」


 周りから賞賛の声や感嘆する声が聞こえた。

 私たちの婚約破棄騒動を知っているのは一部だ。だから他の人の目には私たちは完璧に見えているのかもしれない。


「イザベラ!!」


 華麗にターンを受け止めた殿下が口を開いた。


「はい」


 私が答えると殿下が嬉しそうに笑った。


「愛している」


 私は素早く殿下の耳元に寄った。


「私も愛しています」


 殿下の顔を見ると真っ赤になっていた。


「うっ!!」


 真っ赤になった殿下に見とれていると、私はうっかり殿下の足を踏んでしまった。それでも殿下は私の手を離さなかった。


「すみません、殿下!」

「気にするな」


 ――そう私たちは完璧などではないのだ。


「イザベラ、例え何があっても、この手は離さないからな!!」

「はい!!」


 ――でも、だからこそ。


 私は殿下の手をぎゅっと握った。

 もう決して手を離してしまわないように……。





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