第2話 優しさに触れて




 私は1人、バラ園で泣いていた。


「イザベラ嬢……ここにいたのか……」


 すると茂みの後ろからよく知っている声が聞こえた。


「クラウド様……」


 私は咄嗟に現れた人物の名前を呼んだ。

 クラウド様は侯爵家の3男で、騎士団長の息子だ。

 学生でありながら、すでに騎士団の第8部隊に副団長をしていた。

 将来は騎士団幹部になると言われている人物だった。


 そして――リード殿下の親友だ。


 クラウド様は困ったように歩み寄ると、私が座っている隣のベンチに座った。そして、膝の前で両手を組みながら力なく言った。


「……こんなところで1人で泣くくらいなら、殿下の前で泣いてやればよかったのではないか?」


(同感です!! でも、イザベラの最後の頼みだったんですっっ!!)


 もう私の中にイザベラの意思は全くない。

 リード殿下に婚約破棄を告げられたショックで、心が壊れてしまったのかもしれない。

 私は隣に座るクラウド様を見ながら尋ねた。

 

「クラウド様はなぜここに?」


 するとクラウド様が目を細めた。


「俺がここにいる理由など1つしかないだろ?」


 クラウド様は今日の舞踏会で、リード殿下の警備をしていた1人だったはずだ。しかも学園でもリード殿下とクラウド様は仲がいい。


「リード殿下に家まで無事に送り届けるようにと言われたんですね」

「ああ。わかってるじゃないか……」

「……優しい方ですから」

「くっ!!」


 クラウド様が立ち上がって私に背を向けた。


「イザベラ嬢、決して生き急ぐなよ……」


 私はその言葉に思わず泣きそうになった。

 イザベラはすでにこの世にはいない。

 だからこそ私がここにいるのだ。


 黙ってしまった私にクラウド様は何も言わなかった。

 そして、私の涙が止まるまで付き合ってくれたのだった。



 涙が落ち着き、クラウド様に送ってもらって屋敷に戻ると、お父様に呼び出された。

 お父様は公爵。とても多忙でほとんど屋敷にいない。

 私も学園と王妃教育と多忙だったためお父様の顔を見るのも久しぶりだった。

 執務室に入ると、お父様がつらそうな顔をした。


「すまない。イザベラ……。段々と弱っていくお前を見ていられなくて、王家からの婚約破棄を受け入れてしまった」


 私は小さく笑った。きっとイザベラならこう言うはずだ。


「お父様のせいではありませんわ」


 するとお父様がぎゅっと手を握りしめた。


「だが、本当にいいのか、イザベラ。殿下は王族だ。他の貴族はそうではないが、王族は1度婚約を破棄した相手と再び婚約することはできんぞ? 本当にいいのか?」

「ええ」


 私はどうすることも出来ず頷くしかなかった。

 すると、お父様が息を吐いた。


「実は私はまだ、婚約破棄の証書にサインをしていない。今ならまだ間に合う!! 今なら……また間に合うんだ……。イザベラ、婚約を継続するか?」


 それを聞いて私は、私の中にいるかもしれないイザベラに全力で語りかけた。


(イザベラ!! まだ間に合うって!! いないの?! イザベラ!! イザベラってば!!)


 何度問いかけても、やはりもうイザベラはすでにいないようだった。


 だが本当は私が一番わかっていた。

 彼女がすでにこの世界にいないことを――。


 私は、イザベラの意思が消えて行くのを身をもって体験したのだ。

 私は小さく息を吐いた。


(もう一度、私としてやり直そう! それしかないよね……)


 私は顔を上げてお父様の顔を正面から見た。


「婚約の破棄をお願い致します」


 すると、お父様は息を飲んだ。


「そうか……わかった」

「はい……それでは失礼致します。」


 私が頭を下げると、お父様が口を開いた。


「久しぶりに今日は食事は共にしよう」


 私は出来る限り笑顔を作った。


「はい」


 そして、お父様の執務室を後にした。



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